小説
ミニステリアリス奇譚
 翌日、早朝。

 まだ日が出てそれほど時間は経っていないようだ。
 朝飯の時間には少し早いのだが、目が冴えてしまってリーファは体を起こした。ゆっくりベッドに体を預けたのは久しぶりのような気がする。

 サンかガルバートか───選択を迫られて、気が立っているのかもしれない。実際、まだ決めかねているのは事実だ。

 隣で寝ているサンの姿を見下ろすと、肌着姿の彼女はタオルケットを蹴飛ばして少し寒そうに身を縮めていた。そっとタオルケットをかけ直しておく。

 こうしていても落ち着かないので、リーファは着替えをそこそこに、マスクは忘れずに部屋を出た。

 宿屋の2階の廊下はとても静かだ。人が起きている気配はない。足音を立てないように歩いて、1階へと降りていく。

 1階では、宿屋の主人と従業員が朝の支度を始めていた。湯を沸かす音、野菜を刻む音が聞こえてくる。

 こちらに気が付いて、主人がエプロンで濡れた手を拭いながら声をかけてきた。

「やあ嬢ちゃん、おはよう。早いんじゃないかい?」
「おはようございます。何だか目が冴えちゃって。散歩でもしてこようかなって」
「そりゃあいい。ここらは治安は悪くないから、散歩してても大丈夫だろう。
 何か困った事があったら、巡回してる警邏の兄ちゃん達に相談しなよ」
「はい。ありがとうございます。
 あの、もし連れの女の子が起きたら、散歩に行っていると伝えて下さい」
「分かってるさ」

 景気の良さそうな笑顔の店主に見送られ、リーファは外へと出かけて行った。

 ◇◇◇

 ビザロの町は、噴水広場を中心に円形状に栄えた町だ。ラッフレナンドの城下と比べて、建物同士が密集しているような気がする。

 ”大地のリンゴ亭”は西通りの中間辺りにある宿屋で、この周辺は旅人の行き来が多い為か道具屋、武具屋、食材屋が多い。今はどこも閉まっているが、昨日訪れた時はとても賑わっていた。

 昨日は行けなかった噴水広場の方へと行ってみる。

(…私の罪って、結局何だったのかな)

 今更ながら、ラッフレナンドにいた金髪の男の言葉を思い出す。
 国に仇なす行為とは何だったのか、結局分からず仕舞いでなんだか気持ちが悪い。
 大罪人であるなら追手が来るかと思ったものの、それも結局杞憂に終わってしまった。

 何度目が覚めても記憶は未だ戻らないし、故郷や肉親の存在もさっぱりだが、今のリーファは明らかに自由を満喫していた。とても清々しい気持ちだ。
 何か大切な事を忘れている、その違和感だけだ。問題なのは。

 噴水広場では、リーファ同様に朝が早い人がそこそこいた。散歩している人、荷馬車に荷物を上げようとしている人の姿などが見られる。

 噴水の周りには、小さな翼が生えた女達が踊っている像が飾られていた。
 どういう仕掛けなのかは分からないが、時折中央の水場に水飛沫が吹き上がり、翼の女達が水の中を泳いでいるようにも見える。

(…素敵………だけど、ちょっと、冷たいかな…)

 リーファが噴水の縁に沿って歩いて行くと、時折風に乗って水飛沫が肌に当たった。夏場の暑い時間ならば心地良いかもしれないが、朝晩が涼しいこれからは近づかない方が良いかもしれない。

 次はどこへ行こうかと、辺りを見回す。
 東はガルバートへ続く道、北東は東の国境へ続く道、南はセグエへ続いているらしい。

(南西の方は綺麗な建物が多いから、貴族の人達が暮らしてるのかな…?
 南東は、確か大きいホテルがあるのよね…。
 …北の方に行ってみようかな…)

 ふらっと入って行った北の道は、物静かな雰囲気が漂っている。住宅街のようだが、やや閑散としているというか、人の気配があまり感じられない。
 しばらく歩いて突き当りに見えてきた建物を見上げ、この静けさが何故なのか気が付いた。

「教会…」

 さすがに墓地と併設されている教会は、あまり土地として好かれないのは分かる。

 両開きの鉄柵扉が開いていたので、そのまま入っていく。正面には色白な壁に空色の屋根の教会が見えた。
 左側には教会と同じ素材を使っている平屋の建物がある。神父やシスターなどが使う宿泊場だろうか。右側には石畳で教会の裏側まで道が続いているようだ。

 何となく惹かれるものを感じ、教会の裏側の道を進んでいく。
 木々に囲まれ、石畳の道の開けた先にあったのは、広大な土地に広がった墓地だった。

 ざっと百基以上はあるだろうか。直方体にカットされた大理石の墓石に文字が刻まれ、規則正しく並べられている。日の柔らかい光が墓石に当たって、厳かな雰囲気を醸し出している。

(落ち着く…)

 周辺の木々にいるのだろうか。小鳥の囀りが聞こえてきた。心地よい風が流れてきて、気持ちが休まる。