小説
ミニステリアリス奇譚
 このまま教会の壁に背を預けて眺めていようかとも考えたが、リーファはふと思いつき、墓石の文字を一基一基見て行った。

(プラウム…じゃなくて、プラウズ、だっけ?苗字で見れば、親戚位は分かるかな)

 それは途方もない事だったが、暇つぶし位にはなるかもと思ったのだ。
 自身の苗字”プラウズ”の文字が、この大量の墓石のいずれかに刻まれていたなら、自分のルーツに繋がっているかもしれない。

(オルブライト………グルベンキアン………カークマン………ナイトリー、いや、ナイトレイ?………ホールデン………ハミルトン………リヴィングストン………ミアー………)

 教会の中央に一番近い墓石の真ん中あたりまで読んでいき───ふと、視界に何かが舞い上がった。苗字の読み上げを中断して、そちらを見やる。

 それは白く明滅する球状の発光体だった。
 手のひらよりも一回り小さいが、昆虫にしては大きすぎる。よく見たら、物体に白い帯のような物がうっすら見られた。綿毛のようにふわりと浮いて、どこへ行くでもなくふらふらしている。

「これは…?」

 手のひらに乗せてみると、ほんのり重みを感じた。やはり綿のような微かなものだが。
 それはリーファの手にしばらく乗せられていたが、やがてするっと抜けて行って墓地の方へと飛んで行く。

「………っ!?」

 視野を広げたら、似たようなものが墓地いっぱいに舞っていた。
 一つや二つではない。二十以上はあるそれを見て、リーファは尻込みした。

(怖いものじゃなさそうだけど………これは、一体…)

 ふわりふわりと舞っている綿のようなものを見回し、リーファは困惑する。まるで何かを訴えてきているように思えるが、どうしてよいか分からない。

「───これは驚いた。まさか、こんな所で同胞に会えるとは」
「!!」

 いきなり後方から聞こえてきた声に身が竦んだ。
 恐る恐る振り向くと、教会の勝手口らしき扉の側に男性が立っていた。

 くすんだ赤銅色の短髪を小奇麗にまとめ、同じ色の穏やかそうな瞳を持つ壮年の男性だ。空色のブラウスに青のネクタイを締め、黒を基調とした牧師服で身を包んでいる。肩には白地に金十字の刺繍が施されたストールをかけていた。

 姿格好を見る限り、どうやらこの教会の牧師のようだ。
 彼の言葉に引っかかるものを感じて、リーファは問いかけた。

「あの…同胞、って…?」

 牧師は近づいて来たリーファを見下ろし、怪訝そうに顔を歪める。

「ん?…女性、かね。珍しいね。
 番になっていない女性は全滅したと思っていたが」
「全…滅…?」

 牧師から零れた不穏な単語に、リーファの全身が粟立った。
 しかし、何処へ行っても世界との繋がりが感じられなかった自分との唯一の接点を、この牧師は知っているのだと理解出来た。

「あ、あの、それはどういう───」

 逸る気持ちが抑えられずに重ねて訊ねようとすると、牧師は手を向けてリーファの言葉を遮ってきた。
 少しの間考え込んで、おもむろに口を開く。

「ラファエラ………いや、それは違うな。
 そうじゃなくて君は………リーファ。かな?」

 頭が真っ白になった。
 息を呑んだ。
 指が、手が、肩が、唇が───心が、震えた。

「………わ、私を、知ってるんですか………?」
「ああ、やっぱりそうか。ここら辺で女性のグリムリーパーと言ったら、エセルバートの子くらいだとは思っていたからね」

 牧師は朗らかな笑顔で近づいて、リーファを優しく抱擁してくれた。
 彼の温もりが心地よく、心が解れていく。視界が歪んでいく。

 ゆっくりと体を離し、牧師は自分の胸に手を当てて名乗ってきた。

「自己紹介が遅れたね。
 わたしの名前はハドリー。
 君のお父さんのエセルバートは、わたしの………なんと言っていいかな。要は、弟だよ」
「弟…?
 じゃあ、おじ、さん…」

 リーファに”おじさん”と呼ばれ、ハドリーと名乗った牧師は少し面映ゆげに笑った。

「はっはっは。人間の間柄だと、そう呼ぶようだね。
 しかし我々グリムリーパーは王から分かたれた存在だから、兄弟というのはちょっと違うのかもしれない。
 皆似たような顔になるけど、なにぶん数が多いから、千ツ子とか言いにくいし。
 だからつい、同胞、何て呼び方をしてしまうのだがね。
 ところで君は何故ビザロへ?ラッフレナンドが君の勤務地だろう?エセルバートは元気にしてるかい?
 何よりも気になるのは………何故、君は泣いているんだい?」

 ハドリーに言われて、ようやく気が付く。瞳から涙がぼろぼろと溢れていて、マスクを濡らしてしまいびちょびちょだった。
 マスクを外し、零れてくる涙を袖で拭うが、止め処なく溢れてきて止まらない。

「ご、ごめんなさい。何か、嬉しくて。
 私を、知ってる人は、もう、この世界には、いないのかもって、思ってて…だから…だから………!
 うっ………ううっ………あ…あ………ああぁ………!」

 両手で顔を覆い泣きじゃくるリーファを見下ろし、ハドリーは困惑していた。
 しばしおろおろとしていた彼だったが、そっとリーファの背中を手を回し、子供をあやすようにさすって宥めてくれる。

「???すまない、よく事情が飲み込めてないのだが?
 とにかく、中へどうぞ。ここは魂達が騒がしくて困るからね。
 お茶でもして、君の話を聞かせておくれ」

 ハドリーは、すすり泣くリーファを教会へと招いてくれた。

 墓地に舞う光たちは、何かを祝うように踊っていた。