小説
ミニステリアリス奇譚
 アラン達の視界にビザロの中央広場の風景が広がる。
 人も馬車も行き来がそこそこ多く、金稼ぎの為に中央の噴水の側で芸を始める者も見られた。

 その中に、先程の黒髪の女を見つける。これから演奏でもするのか、リュックサックを側に置き、噴水の縁に腰を掛けて少し不機嫌そうにハープを撫でている。

 リュックサックにぶら下がる赤く光る物に気が付いて、アランは目を細めた。

(あれは…)

 アランとシェリーは、女の側まで近づいた。

 午後になり伸び始めたアラン達の影に目を留めて、女───サンが顔を上げる。

「リーファに会いに、店を飛び出たのではないのか?」
「…なんだよ、あんた」

 サンは眉根を寄せ、苛立たしげにアランを睨み上げる。

 アランはお構いなしにサンのリュックサックを取り上げた。そこに括り付けてあった赤い宝石の装飾具を乱暴に引きちぎる。

「あ───ちょ!」

 腰を上げて抗議の声を上げるサンに、リュックサックだけ押し返した。
 ふらつきながら床に転がるサンの目の前で、アランは赤い宝石を手の中で転がした。

「これはリーファのものだな。何故持っている」
「な、何だっていいだろ?!リーファがくれるって言うから貰ったんだよ!」
「これは私があれにくれてやったものだ。
 お前に渡す理由にはならん。返してもらうぞ」
「ちょ…何だよ!返せよ!」

 リュックサックとハープを放り出し、アランに掴みかかろうとサンが手を伸ばす。
 しかし、アランに届くあとちょっとという所でシェリーが割って入り、あっという間に腕を掴んで張り倒した。
 背中の方へ手を捻られ、サンの悲鳴が上がる。

「いったっ───いたいいたい!」

 広場に響いた大声に、周囲の者どもの視線が集中する。その多くが遠巻きに見守る中、警邏を呼びに行ったのか、通りの方へと走って行く者もいた。

 アランはお構いなしに、広場の床に這いつくばるサンを見下ろし問うた。

「リーファはどこだ」

 ここまでされて、サンはアランの事情を察したようだ。シェリーに捻られて痛いだろうに、脂汗をかきながらアランを睨み上げる。

「へっ───あんた、あれか。
 リーファを殺そうとしてた、性格悪そうな金髪の男」

 聞き捨てならない言葉が耳元を掠めた。うむ、と一つ頷いて、シェリーに告げる。

「シェリー、殺していいぞ」
「駄目です。一言一句正しい事ですので」
「…お前は一体どちらの味方なのだ」
「わたしは勿論、リーファ様の味方ですから」
「…ち」

 王の言う事を全く聞かないメイド長に、アランは舌打ちした。

 許可を出していないのに、シェリーはサンの腕を解放していた。ふたりの振る舞いに困惑しているサンの服の汚れを叩いている。
 そしてシェリーはサンの目の前で膝をつき、誠実な眼差しで見据えた。

「わたし達はリーファ様を連れ戻しに来ましたの。
 決して、殺そうとした訳ではありませんわ」
「…それを信じろって?」
「信じられないのも分かります。
 それだけの事を、そこの性格悪そうな金髪の方はなさいましたから」
「………………」

 どうやら、シェリーとサンはアランを敵認定したようだ。ふたりの突き刺さるような視線に、アランはつい明後日の方に目を逸らした。
 やがてサンはアランを見るのを止め、シェリーをじっと見つめた。

「…あんた、めいどちょーとかって人か」
「…リーファ様が、何か言って?」
「最初のところで親身になってくれた人がいたって。
 金髪で美人な女の───苦労人っぽい感じの人って」
「…そ、そう、でしたか」

 ───ぶはっ

「ふ、ふふっ」

 記憶喪失だったリーファの、シェリーに対するあんまりな第一印象に、アランは吹き出した。シェリーに背を向けて肩を震わせて笑ってしまう。
 ひとしきり笑った後、は、と我に返る。振り返れば、シェリーが鬼気迫る表情でアランを睨んでいた。

「アラン様…?」
「じ、事実だろう?」
「誰の、せいだと…!」
「………教会、だ」

 シェリーがアランに詰め寄ろうとした時、サンがぼそりと呟いた。
 ふたりして視線を落とすと、ハープをケースに入れて片付けているサンの姿があった。

「教会の、牧師が…おじさん、なんだってさ」
「───ありがとうございます。
 あなたのおかげで、リーファ様をお迎え出来ます」

 シェリーが自身の胸に手を当てて恭しく頭を下げたが、サンはあまり聞いていないようだった。
 ハープのケースを抱きしめ、悔しそうに歯噛みしてぼやく。

「…なんだよ。どいつもこいつもリーファリーファって。
 確かにあいつの声は凄いよ。ハープの音色に歌がしっくり来る。
 ハープに歌が合わせてくれるんじゃない。声にハープが合わされるんだ。引っ張られるんだよ。
 オレあんなの初めてで………才能ってああいうものなんだって思い知って………!
 でも───でもオレだって、昔からハープ練習しててようやくマシになったのに。
 何で誰も、オレの事を見てくれないんだよ…オレだって、オレだってさあ…っ!」
「お前の事など知るつもりもないが………単に、才能がないのだろうな」
「!」

 突き放すようなアランの言葉に、サンの表情は一瞬で険しくなった。

「アラン様!」

 シェリーが非難の声を上げるが、アランは溜息と共に続けた。

「あれはな、自分の声を呪っていたぞ?
 どこに居ても声は駄々漏れ。騒音と罵られ、子供もその声で目が覚める。
 お前と会った時はどうだったか知らんが、慣らしていない喉で声を抑えて唄った歌は、それはもう酷い有様だった」

 ───アランは少し前に、リーファが歌を苦手としていた理由を聞いていた。

『歌の練習を家でしていたら、近所のおじさんに『うるさい』って怒られてしまって…。
 まあ後になってそのおじさん、おばさんに怒られて謝りに来たんですけどね。
 でも、合唱なら口パクしてればバレませんし、迷惑になってしまう位なら歌わなくてもいいかなって…』

 その時アランは、そのおじさんとやらの気持ちにも共感し、リーファの心境にも理解を示した。

 厄介な才は、自分はおろか他人をも振り回す。
 アラン自身が、常日頃そう感じていた事なのだから───

「…過ぎた力は身を滅ぼす。
 傍から見たお前にとっては、美しい宝石のように見えただろうが………あれは当人にとって、紛れもない”毒”だ。
 才能の枠に落とし込むのであれば、相応の努力と犠牲を払わねばならんだろう。
 仮にあの”毒”を持っていたとしても、こんな所で燻っているお前に制御など出来るものか」

 何故このサンという少女にここまで心を砕いてやっているのか、アランは自分で理解出来ないでいた。

 サンも、『なんでこんな”性格悪そうな金髪の男”にここまで言われないといけないんだ』と思っているに違いない。
 助言とも無駄話ともつかないアランの言葉に、怪訝な顔をするばかりだが。

「…なんか、分かる。あいつも、違うトコで悩んでたんだな…」
「そういう事だ。
 …だが、先程のハープの音は、そう悪いものではなかったぞ」
「なんだそれ?褒めてんの?」
「解釈次第だな」

 ふう、とサンが溜息を吐いた。ゆっくりと、北の方へと指を差した。

「…教会は、この北の道を行った先だ。
 ………さっさと、行ってやれよ」

 そしてサンは、もう話す事はないと言わんばかりにそっぽを向いてしまった。

 アランとシェリーは顔を見合わせ、静かに頷き合う。

「リーファ様を連れ立って、ここまで来て頂きありがとうございました。
 ───ご機嫌よう」

 サンに対して優雅に首を垂れたシェリーは、踵を返して北の通りへと歩いて行った。

 アランもそれを追ってサンに背を向けたが、ふと思いついて上着についていたボタンを一つ引きちぎった。ラッフレナンドの国章が彫り込まれたオーダーメイドの金ボタンだ。

「小娘」
「…あ?」
「受け取れ」

 放ったボタンは、サンの眼前でマメだらけの手に受け止められた。手のひらに転がっている物を見て、サンは眉根を寄せている。

「なんだよ、これ」
「当分は忙しいが、戻る気があるならラッフレナンド城へ来るといい。
 これを衛兵に渡して、『アランに会わせろ』とでも言え。
 あの馬鹿女を世話した見返りくらいはくれてやる」

 そしてサンの返事を待つでもなく、アランはシェリーの後を追いかけた。