小説
ミニステリアリス奇譚
 身支度を整えて謁見の間に姿を現した頃には、既に官僚の殆どが集まっていた。
 玉座に繋がる北の階段からアランが下りてくると、彼らは一様に姿勢を正し、首を垂れる。

 アランは玉座に腰を掛け、早々に口を開いた。

「面を上げよ」

 促されて顔を上げた官僚達を、アランはざっと見下ろした。魂達が現れだしてから四日目に突入している為か、皆の表情は一様に暗い。

「皆がここに無事集まってくれた事を、まずは喜ばしく思いたい。
 早馬の近衛兵より、大まかな事情は聞いているが、この場で情報を精査したい。
 ───報告を」
「それでは、わたくしからご報告致します」

 そう言って一歩踏み出たのは、ジェローム=マッキャロル国務大臣だ。小柄で、短い白髪交じりの金髪をポマードでまとめた壮年の男だ。
 既に資料は用意していたようで、ジェロームは持っていた紙束をめくりながら仔細を語り出した。

「事の発端は三日前の夕方。時刻は十八時ごろと記憶しております。
 ラッフレナンド城下の西側より、白い浮遊物が大量に飛来し、城下の民を襲いました。
 緊急事態でしたので災害救助法第一章第四条に則り、本城を避難地として設定。民を避難させ、現在地下のシェルターに収容致しました。
 現時点で死者は出ておりません。しかし、逃げる際に転倒などで負傷した者が十二名ほどおり、医師達に処置を任せています。
 民への食事は、一日二食までの配給制に致しました。
 …アルフォンス=セニョボス神父は、亡霊による襲来と判断。
 聖水による結界を張り、城内には侵入させないよう対策を取っているところです」

 ジェロームの完璧な報告に、アランは小さく頷いた。

「この非常時に、よくぞそこまで対処してくれた。
 ───して、具体的な対策について、神父より回答は得られているか?」

 皆が知りたいであろう肝心な問いかけに、ジェロームの顔が曇る。

「それが………。
 一度に多くの亡霊を浄化する手立てはない、という事でした。
 一体一体、根気よく除霊していく他はない、と」

 あまりに絶望的な回答に、ざわざわと周囲の官僚らが騒ぎ出す。

「そんな…」
「この状況がずっと続くというのか…」

 彼らの悲愴感溢れる嘆きとは対照的に、アランはその事実を真摯に受け止めた。大方、予想通りの回答だ。

(魂を回収するグリムリーパーという存在がいる以上、神父や牧師が魂をどうこうする事は出来ないのだろう。
 せいぜい、無害化が関の山か…)

 かつてリーファを尋問した際に言っていた事が思い出される。

『…人が知らない所で、人に害がないように活動しているんです』

(失って、大切なものだと気付く………皮肉なものだ)

 自嘲気味に吐息を零し、アランはすぐさまジェロームに訊ねた。

「一つ聞こう。人の形を成した亡霊は、見ていないな?」

 まるで何かを知り得ているかのような問いかけに、ジェロームは目を丸くして口をぽかんと開けた。

「は?───そ、そうですね。ああいう、白いふわふわしたモノ以外は、今の所は」
「分かった」

 大方の情報が出揃い、アランは目を閉じてほんの少しの間だけ黙考した。

(魂だけが徘徊しているのならば、まだそこまで深刻な状況ではない…と見ていいだろう。実際、私が城下を歩いた際も、あれらは私に害を及ぼさなかった)

 アランも専門家ではないが、今の所は飛び回っているだけで害はないのではと考える。
 とは言っても、『じゃあ今のところは問題ないから民を解放しようか』とはならない訳だが。

(…止むを得んな)

 自分の中で方針が定まった。アランは目を開き、玉座から徐に立ち上がった。
 王が動いた事で、ざわめいていた謁見の間が静まって行く。
 彼らの視線を一身に浴びて、アランは淡々と今後の方針を宣言した。

「現在、私と同行していた従者達を各町に派遣し、牧師と神父をかき集めている。
 彼らが到着したら、アルフォンス=セニョボス神父主体で除霊を行う。
 ───そして除霊の進捗次第で、ラッフレナンド城と城下を放棄する事も検討する。
 必要に応じて王家に伝わる脱出路を開放するので、そのつもりでいてほしい」

 この決定は、官僚達をざわめかせるのに十分だった。
 城下住まいであれば、城下にある全ての資産を捨てて逃げろと言っているのだ。拒絶反応が出るのは当然と言えた。

「城を捨てると仰るのですか!?」
「民がいれば国を興す事は可能だ。民がいなければそこは国ではない」

 官僚の内の一人から放たれた問い質しに、アランは決然と断言した。

 アランとて、城と城下を放棄する事は避けたい。
 良い思い出ばかりとは言えない城だが、長らく住み続けていた土地だ。名残惜しくはある。
 そして国の中枢たるここから離れた場合、国としての立て直しはかなりの時間を要するだろう。
 しかし対抗手段が無いに等しい状況で、神経だけをすり減らすのは得策とは言い難いのだ。

 アランの足は階下を降りていき、やがて官僚らがいる広間へ立った。
 引き下がる官僚らと同じ目線に降り立ち、皆に告げる。

「あくまで最悪の状況を想定しての話だ。
 そこまでには至らないと思いたいが。とにかくもう数日、どうか堪えて欲しい」

 アランの説得に、官僚達がどういう感情を抱いたのかは分からない。
 少なくとも、アランの才”嘘つき夢魔の目”で見た彼らは、アランに対してやましい思いをぶつけてはいなかった。
 国の在り方を王が指し示す。それはこの数日間、足踏みし続けて疲弊した彼らにとって、一歩を進む為の光明だっただろうから。

「「「───御心のままに」」」

 官僚達が一様に首を垂れる様をアランは見下ろし、小さく頷いた。

(この”目”を、信じよう)

 アランは、王としての責務を自らに課した。
 官僚達は、アランの決定に従った。
 ならば次にアランが為すべき事は、不安に駆られているであろう民達に向き合う事だ。

「───そうだな。
 ラッフレナンドの民は風呂好きが多いから、今の状況は辛いだろう。
 どうせ浴場までは開放していないのだろう?
 3階の大浴場は女達に、兵士宿舎の地下浴場は男達に開放して、それぞれ使わせるといい。
 それと、3階は殆どの部屋が空いている事だし、側女と正妃の部屋以外は自由に使わせてやれ。
 …くれぐれも、喧嘩をしないようにな」

 そう言って、アランは薄く笑う。
 内から湧きあがる不安を押し殺し、王として民に不安を与えないよう、精一杯自信を持って。