小説
ミニステリアリス奇譚
 リーファは、あてがわれた部屋でぼうっと城の外を眺めていた。一面雪で覆われている外の世界に、目に留まるようなものは何もない。

 おじのハドリーに連れられてこの城に来たリーファは、城の主であるラダマスに事情を説明した。
 ”おじいちゃん”を名乗るにはまだ若々しい見た目のラダマスは、親身になってリーファの話を聞き入れた。『ならばここにいなさい』とも言ってくれて、早数日が経過している。

 必要があれば誰かがすっ飛んできて、リーファの願いを叶えてくれた。
 対応があまりに早くて『見張られてるのでは…?』と思いもしたが、至れり尽くせりなのだから文句は言えない。むしろ申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 ただ───ただ。何かが落ち着かない。

 サンと一緒に町を巡り、歌って過ごした日々が名残惜しい。
 あの頃は慌しくて考えもしなかったが、一日中暇をもてあますようになって、色々物思いに耽る機会が増えていった。

(結局、私に課せられた罪って何だったんだろう…?)

 行く先々で人に訊ねても良かったのかもしれないが、あっという間に日々が過ぎて調べる余裕などなかった。
 処刑と言っても、死刑にする事だけを指す訳ではないらしく、もしかしたら軽い犯罪だったのかもしれない。

 重い罪なら、殺人だろうか。軽い罪なら、窃盗か。
 何となく詐欺とかではないような気がした。ただの勘だが、自分は嘘をつけない性分のような気がする。

 何にせよ、罪人であるなら罪は償わなければならない───そんな気持ちがこみあげてきてしまったのだ。
 それで、自分がどうにかなってしまったとしても。

(…おじいちゃんの所に、相談に行こう)

 意を決して席を立つ。
 扉に向かって歩き、ドアノブに手を置こうとしたその時───

「───ーファ。リーファ」

 扉の先の廊下から聞こえてきた声に、リーファの体が強張った。

 ラダマスや城の人達ではない。彼らはリーファの居所を知っているから、こんな風に歩きながら声をかけてこない。
 そして何より、声に聞き覚えがあった。低い男の声。年齢は分からないが、リーファよりは年上か。

 十日にも満たない記憶のノートから、リーファは辛うじてその情報を探し出した。あの声は、最初の城で聞いた気がする。確か、金髪の貴族風の男のもの。

(何でここにいるの…?!)

 自分を探しにこんな所まで来たのだろうか。遠く離れた、こんな雪山の頂まで。
 そう思ったら、ドアノブに触れようとしていた手が震えていた。体が動かない。

(どうかそのまま、通り過ぎて…!)

 コツコツと近づいてくる靴音に心がそう訴えていて、リーファは自嘲した。
 さっきまで罪を償う気でいたのに、当事者の気配を目の当たりにした途端にこれだ。自分の意思の薄っぺらさが情けなくなった。

 仕方がないのだ。
 何も知らないのだから。何も悪くないから。
 でも───

(本当に何も知らないの?私は何も悪くないの?)

 幾度となく繰り返した自問自答。自分の内にある記憶の器を手探りして、空っぽである事を確認して落胆する一連の流れ。
 今もまた同じ事をしてみせて───リーファは、ある違和感を覚えた。

(違う…)

 やはり、記憶の器には何もなかった。何も思い出せなかった。
 ただ、今まで散々撫でていたもの───空気のようなものに、何故だか手応えを感じていた。

(私は、あの男の人を知ってる…?)

 あの城で顔を合わせただけではない。もっと根幹で、リーファは彼を知っている気がした。

 ───がちゃ…

 意識はしていなかったし、力も入れていなかった。
 しかしリーファはドアノブに手を添え、捻って押していた。当然、扉が開かれる。

「──────」

 予想していた通り、声の主はあの時の男のものだった。
 波打つ金髪は背中の中頃まで無造作に伸び、貴族風とでも言うべき端正な顔立ちの中で、藍色の双眸が輝いている。黒を基調とした金縁の貴族服を身に纏い、白い外套には金糸の刺繍が施されていた。

 彼は扉を素通りしようとしていたようだ。左の方へ行こうとしていて、急に開いた扉を見やり、リーファの姿を認めて目を丸くしていた。

「「………………………」」

 気まずさが場を支配した。
 罪を犯して逃げてきたリーファと、何故か追いかけてきた男。それがこんな突拍子もない形で再会する事になり、互いにどうしていいか分からず押し黙ってしまった。

 しかし、扉を開けたのはリーファだ。こうしていても何もならない。
 居た堪れない中、何とか状況を変えようとリーファは男に声をかけた。

「…あ、あの。廊下は、寒いので…その、中へ、どうぞ…」
「あ、ああ」

 困惑している彼を部屋の中へ招き、リーファはそっと扉を閉めた。