小説
ミニステリアリス奇譚
 リーファから一応の了解を貰えたアランは、一緒にラダマスのいる広間へと戻ってきた。

「やあラッフレナンド王。リーファと仲直りは───出来ていないようだねぇ。
 はっはっは」

 怒り心頭のリーファと、後ろで渋い顔をするアランを見て、ラダマスはとても愉快そうに笑っていた。まるでこうなる事を予測出来ていたかのようだ。

 リーファは腹を立て鼻息荒くラダマスに詰め寄る。以前は遠慮がちだったが、今は記憶がない為か普通に孫と祖父のようだ。

「おじいちゃん聞いて。この王様、嘘言ってたのよ。
 処刑とか罪とか全部嘘だったんですって」
「可愛い嘘のつもりだったんだよ。許してやりなさい」
「嫌です」

 ぷいっと拗ねるリーファを見て、ラダマスは顔を手で覆って笑いを堪えるのに必死だ。

(好きにしてくれ…)

 アランは半ば諦めた気持ちで二人を眺めた。ラッフレナンドの問題が解消出来るのなら、ラダマスに嘲笑されようがリーファに嫌味を言われようがどうでもいい。

 子供のように唇を尖らせていたリーファだったが、やおらその表情を曇らせた。

「…でもね、おじいちゃん。
 何かお城の方で魂が湧いてるらしくって、私の…何とかって力で何とかしろって言うんだけど………私、何の事だかさっぱりで…」
「うんうん。リーファは、彼を助けてあげたいと思うんだね?」
「ううん、全然」

 さらっと否定されてしまい、アランの眉間のしわが深くなってしまう。もう、自分だけ席を外した方が良いのではないかとすら思えた。

 怒っているリーファと渋い顔をしているアランを交互に見てラダマスはしばしニヤニヤしていたが、不意に真顔に戻した。

「ではどうしたいんだい?彼らの厄介事を何とかしてあげたいと?
 今のリーファとは、縁も所縁もない者達なのに?」
「縁も所縁もあるよ。おじいちゃん」

 リーファの淀みのない返しに、ラダマスは不可解そうに眉をひそめた。
 一方のリーファは、ラダマスがよく分かっていない事を理解出来ていないようだった。

「おじいちゃんの言う通り、私は、あの城や町の事は全然覚えてない。
 ハドリーおじさんに色々教えてもらったけど、何も思い出せなかったし。
 でも、雑貨屋の店主さんもニークさんも、困ってた私を助けてくれたよ?
 サンに声をかけてもらわなきゃ、こうしておじいちゃんに会えなかったかもしれない。
 私がここまで来れたのは、全部あの城や町から始まってる。だから、縁も所縁もある」

 そしてリーファは一度呼吸を正し、自分の気持ちを口にした。

「だから私は、皆を助けたい」

 リーファの強い決意に、アランは息を呑んだ。こんなにきっぱりと主張する姿は、初めて見たかもしれない。
 アランに反抗的だったり記憶を失う前とは違う所もあるが、他者を思いやり、自分に出来る限りの事はしてみせる善良な姿勢は以前と何ら変わりはないのだと、思い知らされる。

(私の為にではない、という所が気に喰わんのだがな)

 リーファの一連の行動は、全て”国の為”だ。
 かつて大亡霊を浄化した事も、不当な見合いを阻止した事も、不妊の呪いを解いた事もだ。
 見方を変えれば、国の問題でリーファ自身の生活が脅かされないようにしている、とも言える。

 結局はリーファ自身の為、と思う事は簡単だ。
 しかし自身の為だからと、快く思っていない男の頼みを引き受けられるかどうかは別問題だろう。

 そう考えれば、今は彼女の心根の優しさに感謝するしかないのだが───気持ちに嘘はつけない。
 とても、もやもやした気分だ。

「ふむ………一期一会…というものか。
 どうやら今回の旅は、リーファにとって得難い経験だったようだね」

 リーファの強い主張を受け、ラダマスは深い吐息を落とした。その鮮烈な真紅の瞳が炎のように揺らめいている。
 孫娘の成長に感極まっているようにも、リーファを誰かと重ねて偲んでいるようにも見えた。

「ねえ、おじいちゃん、私は何をすればいいのかな?」
「…彼らの問題は、我々グリムリーパーの力で解決する事が出来るね。
 しかし一朝一夕で覚えられる代物ではないよ?それでもやるかい?」
「うん」

 躊躇いなど欠片もなく、リーファは大きく頷いた。
 孫の頼もしい姿にラダマスは満足そうに頷き返し、玉座から体を起こした。

「…あい分かった。
 本来ならば基礎からみっちり教えていかないとならないが…緊急事態だからねえ。
 グリムリーパーに伝わる取って置きの秘儀を、リーファに授けようじゃないか」
「ありがとう。おじいちゃん」

 ラダマスに頭を撫でられ、リーファは年相応よりもほんの少し幼く笑っていた。