小説
ミニステリアリス奇譚
 アランがラッフレナンド城から姿を消して、丸一日が経過していた。

 夜の帳が降り、上空を覆う雲もあって一帯は闇に包まれていた。城は灯りを均等に配置しているが、少し暗がりを歩けばあっという間に闇に迷うだろう。
 城下も大概に暗いが、皮肉にも魂達が徘徊しながら青白く土地を照らしている。幻想的とも言えるが、数の多さに慄く者は多い。

 ヘルムートと近衛兵は日が沈んだ頃合いにラッフレナンド城へ入城していた。言われた通り、近隣の町や村から神父や牧師を連れて来ている。

 アランが昨日朝方には城へ戻ってきて、官僚らに今後の方策を告げていた事。シェリー達が今日昼頃に到着した事。そして昨日の夕方からアランがいなくなっていた事は、先程聞かされたばかりだ。

 アランが衛兵に『必ず戻る』と伝えていた為、今のところは混乱は起きていないし、民衆にも伝えてはいない。
 城内の脱出路の開放を念頭に置いていたようなので、その下見に行ったのでは、と考えている者は多いようだ。王家の者以外には秘匿とされている通路だ。一人で確認に行くのは当然だ。
 だが───

(僕が知っている脱出路に人が入った痕跡はなかった。
 ………アラン、君は一体どこへ行ったんだ?)

 城壁門の上の哨戒路で、ヘルムートは誰にも打ち明けられない疑問を繰り返した。自身の才”山彦の耳”で何かを探すならここが一番良い。

(アランが何らかの問題に巻き込まれて戻らなかった場合、僕はどうしたら───)

「おい!あそこに誰かいるぞ!」

 誰かが発した言葉ではっとして、ヘルムートは巡回兵が指し示した城下の方を注視する。

 城下のほぼ中央、町のシンボルにもなっている噴水よりも少し城側に、二つの人影があった。
 小柄な人物と、それよりも頭一つ分は背の高い人物のようだが。

「もう少し城側に置いた方がいいのではないか?」
「「わ、分かってます」」

(アランとリーファだ…!)

 ”耳”に届いた声が、あの人影をアランとリーファだと教えてくれた。アランがどうやって城を出たのか、リーファをどうやって連れて帰ってきたのかは分からないが、どうやら怪我もなく無事のようだ。

 程なく、くたびれた様子のアランは側にあった家屋の壁に気だるげに寄りかかった。
 指摘を受けて機嫌を損ねたリーファは、噴水からやや城よりに距離を取り、手に携えていた何かを地面に置いている。
 リーファも小走りでその場から離れると。

 ───ジリッ!

 稲光のような音がラッフレナンド中に響く。
 地面に置かれたそれが白く明滅を繰り返し、雷のような筋が至る所に飛び散りだす。

 白く光るそれは次第に膨張し、宿屋の2階ほどの高さまで広がっていった。風船のように膨らみ、ぱ、と爆ぜ、その中にあったものを見せつける。

 どうやら木製のやぐらのようだ。
 赤と白のストライプの布地が側面を飾り、同じ色の灯りが飾られていて周りを照らす。2階建てになっていて、屋根から糸が八方に広がっており、そちらも灯りがぶら下がっていた。

 それだけでも十分異様な光景だったが、柔らかい光はやぐらの周囲にも散らばった。光は形を成し、屋根がついた木枠の建物が幾つも出来上がる。屋台のようにも見えた。

 リーファはやぐらへと駆け寄り、梯子を上って1階の舞台に上がっていった。
 旅装風の姿は、やぐらに入るとその形を変えていく。青緑色の丈が長いバスローブのようにも見えたが、その布地の柄はドレスのように華やかだ。

 この光景に目を白黒させていたのはヘルムートや兵士達だけではない。徘徊していた魂達も興味を持ったのか、やぐらや屋台の周りに近づいてくる。

 リーファは1階の中央に立ち、城を正面に見据えた。

 ───ドン、ドン、ドン、カカラッカ、ドドン、ドドン、カカラッカ
 ───ドン、ドン、ドン、カカラッカ、ドドン、ドドン、カカラッカ

 2階に置かれたドラムのような打楽器を、ボール同士をくっつけたような人形が軽快に叩く。打楽器に合わせ、どこからともなく音楽が流れてくる。

「「”ラダマス様音頭”!歌います!」」

 音楽と打楽器の音に合わせて、高らかに宣言したリーファが歌いだした。

「「”は〜〜〜あ〜あ〜〜〜、ラダラダマスさま〜
 粋でいなせな〜、善いお〜と〜こ〜
 真っ赤に燃ゆる〜その御髪〜、全てを見通す千里眼〜
 強いぜ我らのラダマス様、あ〜あ〜今日もお仕事さ☆”」」

 ◇◇◇

「”あ〜〜〜あ〜あ〜〜〜、ラダラダマスさま〜
 優しく頼もしい、善いお〜と〜こ〜”───」

 リーファの”ラダマス様音頭 第3番”の歌声が、ラッフレナンド中にはつらつとこだまする。あまりの声量に、城内で寝ている者すら起こしてしまいそうだ。

 城の方に目をやると、案の定ヘルムートやシェリー、そして幾ばくかの兵士達がこちらに近づいてきていた。呆然と、やぐらの上で熱唱しているリーファを眺めている。

「………………ねえアラン。何、あれ」

 魂でも抜き取られたかのような虚ろな目で、ヘルムートが問いかけてくる。

「グリムリーパーに伝わる、死者を供養する為の歌と踊りだそうだ。
 ”ぼんおどり”、とか言っていたな。
 派手な灯りで魂達の気を引き、タイコを叩き散らして踊りを誘い、歌に乗せて浄化する…らしい。
 実際どんなものなのかと思ったが…」
「すっごく効いてるね…」

 会話しているうちに、やぐらの周りを魂達が調子に乗って踊りだし、屋台を巡り始めている。満足したらしい魂達から、やぐらに引き寄せられて消えて行っているようだ。

 ラッフレナンドの城下外からも魂達が寄ってきている為、やぐらの周囲一体が魂の踊りの会場と化していた。

「次!”ラダマス様節”、行きます!」

 リーファが教わっていたラダマスの歌は、全部で十二曲あった。魂はまだ跋扈している事だし、この乱痴気騒ぎはしばらくかかるだろう。

「これは…歴史として”なかった事にしておきたい出来事”だな…」
「…何の話…?」
「いや…何でもない。こちらの話だ…」

 はあ、と溜息を吐いて、アランはぼんやりとリーファの勇姿を眺めていた。

 ◇◇◇

 盆踊り大会は深夜になっても続き、リーファが気力と体力の限り歌い続けた甲斐もあり、城下に蔓延っていた魂達の一掃に成功した。