小説
ミニステリアリス奇譚
 魂達の騒動が無事解消し、深夜のラッフレナンド城を静寂が包んでいる。

 魂回収直後は、城下の安全確認や今後の方針の打ち合わせで慌ただしかったが、それも一段落すると、あっという間に落ち着きを取り戻していった。
 避難民には明日避難指示の解除を宣言するらしく、今夜は城に留まるらしい。

 ◇◇◇

 灯りが消され夜に支配された側女の部屋で、唯一リーファの手中のガラス玉だけが柔らかく明滅を繰り返していた。

 ガラス玉の中は、数時間前に成した魂達の回収作業の光景がそのまま広がっている。
 木のやぐらに紅白の提灯がぶら下がって辺りを照らし、やぐらの2階には太鼓を叩く人形が、1階には歌っている人形がいる。その周りを、魂達が調子よく踊っているのだ。
 声や音こそ聴こえないが、ガラス玉に耳を当てたら聴こえてくるのではないか、と思ってしまう。

 ベッドの中で、ぼうっとリーファはそれを眺めていた。もうそろそろ寝たいのに、あの作業の興奮が治まらずなかなか寝付けない。

 ───カチャン

 どうしたものかと考えていたら、静まり返っていた部屋に扉の開く音が響き渡った。
 顔を上げて部屋の入り口を見やれば、ノックもせずにアランが部屋へと入ってきた。

 せっかくの余韻が一気に引いてしまった。その原因を作ったアランを、リーファは不機嫌に睨む。

「…ノックもしないんですね。王様って」
「私の城だからどうしようと勝手だ」
「デリカシー無さすぎ」

 暗がりの中、持ち手つきの燭台を片手にベッドまで来たアランは、呆れた様子で溜息を吐いた。

「お前な………性格変わりすぎだろう…」
「そんな事言われても、前の記憶の自分なんて知りませんし。
 これ、叩き割ったらどうなりますかねー?」
「やめろ。…次回から、ノックはする」

 ガラス玉を頭上高く上げようとしたリーファを、アランは手で制した。

 言う事を聞いてくれるのなら、これ以上の事をするつもりはない。リーファは枕の隣にガラス玉を置いて、ベッドに行儀よく座り直した。

「それで。何の用ですか」
「側女の仕事をさせに来たに決まっているだろう」
「嫌です」

 側女とやらの務めを、リーファはきっぱりと拒否した。

 今のリーファにとって、男性と肌を重ねる事は初めての体験だ。
 旅の道すがら、サンと『初めては、恋愛小説のヒロインみたいに思い合った人とロマンチックな雰囲気で…』などと恋愛話に花を咲かせていたのもあって、お金に困ろうとも貞操だけは死守して行こう、と心に決めていた。

 たとえ、この体がアランを覚えていようとも関係はない。
 記憶のないリーファにとって、アランは寄り添いたいと思える相手ではないのだから。

 そんなリーファの心情を、アランも理解はしているようだ。溜息を吐いた彼の顔からは、諦めが滲み出ていた。

「…そう言うと思っていた。
 ただ様子を見に来ただけだ。また逃げられては堪らないからな」
「逃げたいのはやまやまなんですけどね。
 でも、おじいちゃんの所に行く方法もありませんし。
 他に行くアテもないので、仕方がないから城にいてやりますよ」
「そうしてくれ。もう歩き回るのは疲れた」

 不遜な物言いを呆れながらもいなし、アランは燭台の蝋燭を吹き消した。燭台をキャビネットの上へ置いて、ベッドに乗り上げてくる。
 いきなりの事にリーファはぎょっとしたが、乱暴するつもりはないらしい。緩慢な動きでのそのそとベッドの奥の方へと這って行き、厚手のブランケットの下に潜り込む。

 横で寝るつもりなのだと気付き、リーファは慌てて抗議した。

「ちょ、なんでここで寝るんですか。ここ私の部屋…」
「私の城だ。どうしようと勝手だ」
「そ、そうですけど………勝手に入らなくたって…!」

 おろおろしながらリーファが文句をつけている内にも、アランはうとうとと瞼を揺らし、すぐに寝入ってしまった。

(…は、はっや…)

 あっという間の入眠に、リーファは目を丸くした。
 そして羨ましく思ってしまう。こちらは興奮してちっとも寝付けないのに、何故こんなに簡単に寝付けてしまえるのか。

(疲れてた…のかなぁ?)

 考えてみれば、あのラダマスの城まで追いかけてきたのだ。距離はよく分からないが、相当な旅路だったのではないだろうか。

 リーファについた嘘を後悔していたようだし、様子を見に来るほど気にはしていたようだし、もしかしたらずっと眠れていなかったのかもしれない。

 あれこれと想像していたらちょっとだけ可哀想に思えてしまい、リーファは叩き起こすのを諦めた。

 ソファで寝ようかとも考えたが、ベッドは広く寝返りくらいでぶつかる心配はなさそうだ。音を立てないよう、リーファもブランケットに潜り込む。
 そして出来るだけ視界に入れないように背中を向けて、リーファは目を閉じた。

 ───ガラス玉の中のお祭りも、一区切りしたのだろうか。
 リーファの眠りを妨げないように、少しずつ少しずつ灯りが消えて行った。