小説
奇譚・その後日談───”仕組まれていた騒動・2”
 ラダマスは手の中の宝珠をテーブルに置き、それを指でつついてリーファに問いかけた。

「これが、人間でも扱えるという話は?」
「…知っています。父から、聞きました。
 父は、とても不思議がっていましたよ。
 宝珠はグリムリーパーに元より備わっているものだし、グリムリーパーが消滅してしまったら消えてしまう、言わば体の一部のようなものなのに、と」

 テーブルの上で不安定に揺れている宝珠を目で追いながら、リーファは苦々しく言葉を続ける。

「───魂回収の代償に、グリムリーパー以外の使用者の命を奪ってしまう。
 そんなものを貸し出せる酔狂な機能が、何故あるのか、と」

 玉座の広間に沈黙が広がっていく。
 ラダマスは無表情で宝珠を眺め、リーファは音を立てずに紅茶で喉を湿らせた。宝珠だけが、陽気に明滅を繰り返している。

 ───このガラス玉の宝珠は、グリムリーパーのリーファの手甲にはめ込まれている宝珠と同じ性質を持っている。
 今回貸与されたこのガラス玉はラダマスの力の一端であり、ラダマス自身と言っても過言ではない。

 人間はおろか魔物ですら、グリムリーパー特有の力には抗えない。
 サイスで撫でられれば、魂は現世のあらゆる存在から切り離される。宝珠の光に照らされれば、魂はすぐさま回収されてしまう。

 そんな絶大な力の欠片と言える宝珠を、姿形が似ているだけの人の身で扱い切れるはずがないのは理解出来るが───

「わたしが考えていた筋書きではね。
 リーファが断って、それでもラッフレナンド王が懇願するのなら、あの時と同じように宝珠だけ預けようと思っていたんだ」

 沈黙を破ったラダマスの言葉に、リーファの顔が険しくなった。

「…それは、アラン様に命を捨てさせるつもりだったと…?」
「ラッフレナンド王が命を賭して怪異から国を救うもよし、命可愛さに国を滅ぼすもよし。
 …わたしはもう、あんな国などどうでも良かったんだよ」

 そう言ってのけたラダマスの顔は、酷薄な言とは対照的に悲痛でいっぱいに染まっていた。

(どこか人間を軽く見ている節は感じていたけど…)

 ラダマスの思惑はともかく、その感情はリーファにも汲み取れた。
 リーファが受けた仕打ちを考えても、アランやラッフレナンドの国そのものに敵意を向ける気持ちは分からなくはないが。

(…でもこれはどちらかと言うと、国自体が嫌われているような…?)

 リーファは、ラダマスの言葉が引っかかった。まるで前にも同じような事をしたかのような物言いだ。

 ラッフレナンドの建国直後にも類似した怪異があった話は、アランから聞いていた。
 ラダマスの言がこの話と繋がっているのなら、何者かがラダマスから宝珠を借り受けて使用し、怪異解決と共に命を落とした事になる。

「…もしかして、ラッフレナンドで───いえ、あの場所で、何かがあったんですか?」
「………………………」

 ラダマスは目を逸らし、再びだんまりを決め込んだ。どうやら図星らしい。

(嫌悪しているのは、”場所”なのね………きっと)

 今はラッフレナンドと呼ばれているあの土地を、ラダマスが嫌悪する理由。気にならないと言えば嘘になる。
 しかし三百年以上前の話を問い質した所で、ラダマスの嫌な思い出を徒に掘り起こすだけになってしまうだろう。それはリーファとしても気分が悪い。

(…もう一つの用事も、ちゃんとこなさないとね)

 リーファは溜息を吐いて、ペーパーナプキンで手と口を拭った。椅子の横に立てかけていたトートバッグから、ウールのストールを取り出す。

 色味は白を基調としてグレーやマリンブルーのラインを入れた、落ち着いた風合いのチェック柄だ。かなり幅広く編んでいるので、首に巻くもよし、肩にかけるもよし、膝に置くもよしと、使い方を楽しむことが出来る。

 こちらがゴソゴソと動いていると、ラダマスが何事かと困惑している。

「───え?」

 リーファは席を立ち、戸惑っているラダマスのその肩にストールを纏わせた。

「ラッフレナンド王アラン様は、ラダマス様の行いを察していましたよ。
『それだけの事をしたのだから、こちらが詫びる事はあれど責める事など出来はしない』ともね。
 だから、ラダマス様にはお礼とお詫びを兼ねてこちらをお贈り致します。どうぞお受け取り下さい」
「こ、こんなものを貰っても困るんだけど」
「アラン様に相談されて、私が作ったんですけど。不満ですか?」
「──────!」

 孫の手作りを知らず知らずのうちに”こんなもの”扱いしてしまい、ラダマスは口を開けて顔を真っ青に染めた。

 口をぱくぱくさせている呆然としているラダマスを横目に目やって、リーファは悩まし気に頬に手を置いた。

「何を贈るかすごく悩んだんですからね?
 グリムリーパーは魂以外は食べませんし、衣服はある程度好きに実体化出来てしまうので。
 でもアラン様は、この土地でラダマス様のお姿は『寒そう』と思ったそうです。
 当人の暑さ寒さは抜きにしても、孫が気持ちを込めて作ったものなら喜んでくれるのではないか、と」
「………………………」

 ラダマスは無言のまま顔を曇らせ、しばらくストールを撫でていた。縦に、横に。時々柄を眺め、網目を覗いてみたりして感触を楽しんでいる。

 席に戻ったリーファが紅茶を一口飲んでいると、ぽつりとラダマスがぼやく。

「…人間らしい、考え方だね」
「そうですね。でもこの考え方、私は好きですよ」
「…編むの、大変だったかい?」
「ええ、これだけ大きいと時間がかかりますからね。
 でも、楽しかったです。色味はどうしようか、素材は何を使おうか…。
 ラダマス様がどんな顔で受け取って下さるか、どんな着こなし方をして下さるか。
 色々考えながら編んだんです。…気持ちだけならいっぱい籠ってますよ」

 淡々と編んでいる時の話をしている間も、ラダマスは落ち着きなくストールを撫でている。そして口元がどんどん緩んでいく。

「…お気に召しました?」

 意地悪くリーファが訊ねると、ラダマスは一度はへの字に口元を曲げた。認めたくはないらしく、とても渋い顔をしている。
 しかし、それも無意味な行いなのだと思い知らされたようだ。悔しそうに唇を尖らせ、玉座で膝を抱えて俯いてしまった。

「………。
 ………………。
 ………ちょっと悔しいけど………。
 ラッフレナンド王に、『ありがとう』と、伝えておいて………」
「…はい、確かに」

 ラダマスから一番欲しい言葉を引きずり出す事にリーファは成功した。破顔一笑と共に、しっかりその伝言を受け取った。

 まんまと言わされてしまったラダマスは、むず痒そうに身を震わせた。顔を見せたくないのか、ストールを頭からかぶってしまう。

「………あったかいね………」

 かつて『寒さを感じない』と言っていたラダマスから、そんな言葉がぽろりと零れていった。