小説
奇譚・その後日談───”嘘つき夢魔の目・2”
 アランの気がかりは、勿論リーファに毒を盛られる事ではない。
 リーファの言動一つ一つに、真偽の判断が出来なくなってしまった事だ。

「………そういえば、お前は夢魔だったな」
「ん?なんで急に話変わった?」

 唐突な話の切り替えに、リャナは眉をハの字に歪めて首を傾げてしまう。
 気が急いていたのだと自覚しつつも、悟られまいとアランは手で遮った。

「まあ聞け。世の中には”才”、というものがあるそうだ」
「ああ、聞いた事あるー。ちょっと飛びぬけた個性の事でしょ?」
「そんなところだ。その中で、”嘘つき夢魔の目”という才があるそうなのだが…」
「”嘘つき夢魔”?メアリード様の事?」

 探ろうとしていた答えがいきなり出てきて、アランは目を丸くした。
 動揺を悟られないよう、声を低くして訊ねる。

「…知り合いか」
「知り合いっていうか…昔の人?
 おとぎばなしの登場人物っていうかー………まあいいや。
 何代か前の女王リリス様の幼名…小さい頃のお名前、らしいんだけど」
「詳しく話せ」
「え、なんで?」

 真っすぐな目で質問され、アランはつい口籠ってしまう。
 リャナの立場ならば、いきなり話題を変えられ、知っている人物の話を振られたのだ。『話せ』と要求されれば『何故』と返すのが当たり前だが。

「………その才を持つ者が、色々あったのだ」
「ああ、王様の事なんだ」
「………………」

 あっさり看破されてしまい、アランはとうとう黙り込んでしまった。

 知られたくない事をすぐに暴露されてしまい、嘘も容易く見破られてしまう。
 このリャナという少女は、アランの目から見ても嘘をつかない稀有な生き物だが、胡散臭すぎて逆に苦手、という珍しい存在だ。

 次にどう話せばよいか考えあぐねていたら、心情を察してリャナの方が話を合わせてきた。

「別に話してもいいよ?でも…お代が欲しいかな。
 こっち側の情報だし、かんたんに教えたらパパに怒られちゃう」
「…いくら欲しい?」
「金貨二十枚。それか、知りたい理由を聞きたい」

 金貨で二十枚とはなかなかの高額だ。当然払えない金額ではないが、興味本位で訊ねたにしては代償が大きい。
 金が惜しい訳ではないが、本当の事情を話す事にした。どの道、この少女には分かってしまうだろうから。

「………私が、その才を持っている」
「うんうん」
「この才を持つ私の目は、嘘をつくものを黒いもので覆った姿で映す」
「うんうん」
「だが…この目を以てしても、嘘をついているかどうか分からない者達がいるのだ」
「リーファさん?」
「ああ」

 アランの小さな嘘に、リャナは敏感に反応した。にやっと笑ってみせる。

「うそつき。…じゃ、ないかな。他にもいるってところかな?」
「…隠す必要もないな。ヘルムートだ」

 うん、と少女は小さく頷く。ふと首を傾げて、追加で質問が飛んできた。

「シェリーさんは違うんだ?」
「あれはな、先に言われている。『人は嘘をつくものです。ですからわたしも嘘をつきます』と」
「ふうん。まあ、いいでしょ」

 それでリャナは納得したようだ。この”目”に関わるおとぎばなしを、少女はぽつりぽつりと語りだした。

「メアリード様は、うそをつくのが大好きな夢魔の女の子。
 でも、うそをつかれるのは大嫌い。
 彼女の目には、うそをついた人が真っ黒いもやで覆われた状態で見えたんだって」
「それが由来か」
「多分。でも、それは正しい夢魔のあり方じゃないんだ。
 本来の夢魔なら、相手の感情に合わせて色んな色のもやが見えるの。青なら悲しい、赤なら怒り、緑は恐れ…とかね。
 だけどメアリード様は、うそしか見破る事ができなかった。
 まあ…おとぎばなしを内容を見る感じ、うそだけじゃないみたいなんだけどね。
 怖がってたり、嫌われてたり、裏切られてたりとか、何かやましい気持ちみたいのも含まれるみたい。
 ───何にしても、メアリード様は夢魔として半人前。
 いや、あたしでも出来るんだから、半人前以下、って所だったのかなー」
「………………」

 リャナの説明をアランは黙って聞き入る。自分の”目”が半人前以下の夢魔と言われて複雑な気持ちはあるが、そもそもそこを競うつもりはない。
 むしろ、今の”目”でも十分嫌な想いをしてきているのだ。様々な色が見える夢魔という生き物は、それはそれで生きづらいのではないだろうか。

「そんな半人前の夢魔が、どうやって夜魔種の女王リリスの地位についたか…は、多分関係ないから省くね。
 王様が聞きたいのは、このメアリード様の一エピソードだと思うの」
「ほう?」
「メアリード様には親友がいたの。
 人は誰でもうそをつくものだから、メアリード様にとって殆どの人が真っ黒に見えてたんだけど、この親友の姿は真っ黒に見えなかった。
 この親友は、メアリード様に嘘をつかなかったんだ。
 真っ黒な世界で一人だけ真っ白な親友。信頼しないはずはないよね?」

 ”親友”という単語に、アランは何とはなしにヘルムートを思い浮かべた。
 アランにとって、ヘルムートはこの”目”に影響されない大切な家族だが、”親友”と表現するには何かが違うような気がした。

(親友とはなんだろうな…)

 即答出来そうにない疑問は、頭から追い払う事にした。ここで求めているものはそれではない。

「…それで?」
「でも、とある人が、その親友もメアリード様を裏切ってた、って教えてくれるの。
 裏切られた事を知ったメアリード様が親友を見た時、今までは見えていなかった黒いもやが、親友を覆っている事に気づいてしまった。
 怒り狂ったメアリード様は、親友を殺してしまったの」

 十歳そこそこの少女が陽気に話すような内容ではなかったようだ。御伽噺とはそういう要素が付きものではあるのだが。
 しかし、信じる想いが強ければ強い程、裏切られた反動が大きいのは分からないでもない。

「…何故、急に黒いもやが見えるようになった?
 その目は、それだけ不安定なものだと?」

 リャナは両腕を組み、ついでに足も組んで、偉そうに話を続けた。

「うーんとね。ここからは学校の授業で教わった話なんだけど…。
 そもそも目で見える感情って、見てる本人次第の所が強いんだって。
『この人はこう思ってるに違いない』って思ってると、そう見えちゃうみたい」
「…つまりメアリードは、親友は自分を裏切らないと思っていたから、黒いもやが見えなかった。
 いや、見ようともしなかった。
 そして裏切られたと知って、黒いもやが見えるようになった、と」

 理解が追い付いたアランを見て、リャナは、うんうん、と満足そうに頷いた。

「この話は続きがあってね。
 結局のところ、親友はメアリード様を裏切ってなかったんだ。
 メアリード様を快く思っていなかった人達が騙してたんだって。
 問い詰められた親友の『やだちょっと怖い』って気持ちが、黒いもやになっちゃったんだ。
 …で、その騙した人達もメアリード様が殺しちゃって、お話はおしまい。
『うそで人を傷つけたら自分に返ってくるんだよー』っていうお話なのです。めでたし」

 めでたし要素が果たしてあったのかは分からないが、魔物側の御伽噺としてはまともな部類なのかもしれない。