小説
刻まれたその名は
 呪いの一件を思い出して、自分の事も思い出す。躊躇っている事と言ったらこれしかない。

「あの…アラン様」
「ん?」

 ヘルムートの馴れ初め話に発展しかけていた所で、リーファはアランに声をかけた。厄介な話から話題が逸れると思ったのだろう。その表情は鳥肌が立つ程優しい。

「リーファ。甘やかしたらダメだからね」

 話の腰を折られて不満そうにヘルムートが釘を刺してきたが、リーファは首を横に振った。

「違うんです。これは、正妃様に関わる事なので…」

 アランの優しかった顔立ちが途端に不機嫌に変わる。

「お前も私にケチをつけるか?リーファ」
「そうではないんです…ええと。
 アラン様が、正妃様選びに慎重な気持ちも分かるんです。
 体の相性は大切ですし、品位とか教養とかも考慮しないといけませんし、アラン様が一目で認められるような人がいればとは思います。
 急いで欲しいとは言えないんですが…その」
「回りくどい。もったいぶらずにさっさと言え」

 苛立たし気に叱りつけてくるアランに気圧され、リーファは俯きながらぼそりと告白した。

「妊娠、したかもしれないんです………私」
「「──────」」

 アランとヘルムートが同時に絶句している。異母兄弟であまり外見は似ていないふたりだが、口を開けて目を見開く仕草はよく似ていると思う。

 驚き固まっているふたりを宥めるように、リーファは慌てて手を振った。

「あ、え、わ。ち、違うんです。いや、違わないんですけどっ。
 き、昨日の夜、小さな魂みたいなものが私のお腹に入って行って…。
 魂の中には白い帯が生えてないものがいるんですけど、そういうのは回収出来ない事があるんです。
『悪さはしないから無視していい』と父から言われてたんですが…!
 も、もしかしたらあれが、これから生まれてくる子供の魂なのかなって…」

 何も反応せず黙り込んでいるふたりを交互に見て、リーファは肩を落とした。

「記憶喪失の時の日記を見たら、城にいる間に生理が来てたらしくて…。
 時期的にもうそろそろ来ててもおかしくはないんですが…今回、ちょっと遅いなって思ってたんです。
 昔は不順でしたし、少し前にあちこち遠出をしたのが原因かもなって思ってて、確証はないんですが…」

 そこまでまくし立てて、リーファは我に返り顔を真っ赤にした。
 勢い余って男性に自分の生理事情を暴露してしまうとは。おまけにマスクもしていないから、扉の前にいる衛兵とか、執務室の外にいる人とかに話が漏れてしまったかもしれない。

「わ───わわわ、忘れて、忘れて下さい!特にヘルムート様!」

 立ち上がり手をバタバタさせてヘルムートにお願いしようとしたら、横からその腕が掴まれ引き寄せられた。
 アランが、リーファの腕をしっかりと掴んでいる。加えてもう一方の手でリーファの体をしっかりと捉え、優しく抱き寄せる。

 アランの顔がすぐ側に近づいて、真剣な眼差しでリーファに囁いた。

「あまり暴れるな───体に障ったら、事だぞ」
「は、は、はい。すみません」

 思っていた以上に取り乱していた事に気が付き、アランの腕の中で心音を治める。肩で息を吸って、ゆっくり吐き出し、また息を吸ってまた吐いて。

 しばらくそれを続けていると、アランが呆然としていたヘルムートに声をかけた。

「───十四日後だ」
「…え?」

 未だぼんやりとしているヘルムートに対して、念を押すようにアランが告げる。

「十四日後に見合いを行う。五人まとめてだ」
「ん?いやちょ?待って?」

 ヘルムートが慌てふためくのも無理はない。
 今の今まで見合いに難色を示していたのに、リーファの懐妊を知った途端この反応だ。しかも十四日後と期限が極端に短い。

 見合いの女性達の出身地までは見ていなかったが、城内での手続き、内容を女性達へ展開、女性達の支度や移動時間を考慮しても、一ヶ月は欲しいだろう。

「急ぎたいのはやまやまだけど、二週間で手続きや手配は無理なんだけど…」
「何を悠長な事を。出産まで二ヶ月しかないんだぞ?」
「どこ情報なのそれ!人の出産はイヌやネコとは違うよ?!」

 何かとんでもない所で勘違いをしていたアランに、ヘルムートが突っ込みを入れている。
 勉強不足を思い知らされ、憮然とした表情でアランがヘルムートに訊ねた。

「…では、どのくらいだ?」
「え、ええと…。は、半年位かなー…?」

 さすがに、『あなたもか。』とはリーファも突っ込めなかった。

 ヘルムートが困り果てた様子で頬を掻き、そこから執務室に短い沈黙が流れた。
 アランは不満そうにジト目で見上げ、ヘルムートが居心地悪そうに明後日の方を見やって。

 そして───ふたりとも、ほぼ同時にリーファを見下ろしてきた。『どちらが正しいんだ?』と言わんばかりだ。

「ええと………おふたりとも、少しお勉強しましょうか…?」

 口の端を引きつらせながら、リーファは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。