小説
あなたに贈る「×××××」
(あの小娘が来るとロクな事にならない…!)

 そう心の中で毒づきながら、アランは今の状況に混乱していた。
 景色が一変している。自分が突っ伏した場所はベッドの上ではなく硬い木の床で、左側に2階へ上がる階段が見える。

 渋々体を起こしてみれば、城の一室でない事だけは知れた。
 どうやらリビングルームのようだ。右側に木のテーブルと椅子が二脚、右奥にキッチンらしき部屋が見え、正面の扉の先にも何か部屋がある。

「あ、アラン様?」

 上の方から声がかかり、アランは階段を見上げた。そこには、手すりに掴まって恐る恐る階下を見下ろしているリーファの姿があった。

「リーファ、無事か」
「え、あ、はい。特に怪我とかはしていません」

 2階に上がりリーファを観察するも、彼女は特に困った様子を見せていない。むしろちょっと嬉しそうにすらしていて、アランが逆に困惑してしまう。
 久しぶりに見た側女から、アランはさりげなく目を逸らした。

「何がどうなっている。説明しろ」
「あ、はい。それが…」
「「はーっはっはっはっはー!」」

 あまりにけたたましい高笑いが、唐突に家の外から聞こえてきた。
 何事かとリーファと目を合わせ、すぐ側にあったバルコニーに続く扉を開ける。すると───

「──────」

 アランは呆気に取られた。
 そこに、リャナとヘルムートそっくりな巨人がいたのだ。───と思ったが、すぐ様それが勘違いだと気付いてしまう。
 認めたくはないが、アランとリーファがこの小さな玩具の家に入る程小さくなってしまった、という事らしい。

 アランの視界にある景色は、全てが大きい。
 ベッドのしわは海岸のように大きく波打っているし、天蓋の支柱など両手を広げても抱き着けそうにない。
 リャナとヘルムートがベッドに乗り上げてきているので、家は傾き視界も傾いでいた。にも関わらず、アランとリーファは家と同じ向きで直立出来ており、状況も相まって気持ち悪い感覚だ。

「「わ、すごい。本当にちっちゃいアラン達がいる」」
「ヘルムート!お前の差し金か!」
「「…なんか、喋ってるけど?」」
「「あ、うん。あっちの声は聞こえないらしくって。シヨーだそーです」」

 ヘルムートの隣で、リャナが折り目のついた大きな紙を広げて内容を確認している。多分説明書なのだろう。
 リャナが説明書を読んでいる間に、ヘルムートが慌てて弁解をした。

「「ええっと、アラン?誤解しないで欲しいんだけど、僕は今来た所だから。
 リャナに『後で部屋に来て』って言われただけだから。そこのとこよろしくね」」

 何がよろしくなのかは分からないが、ヘルムートも巻き込まれているようではあった。

「「…よしっ」」

 そうこうしている内にリャナが一通り読み終えたらしく、説明書を畳んで高らかに宣言した。

「「シンシシュクジョのおふたかた、ようこそ”ちょめちょめしないと出られない家”へ!」」
「…ちょめ?」

 リーファが不思議な単語に首を傾げている。どうやら彼女も何も聞いていないらしい。
 頭の悪そうなネーミングからして、恐らくジョークグッズなのだろうと確信しつつ、アランは巨大な少女の説明に耳を傾けた。

「「この家は、この屋根の旗に書いてある名前の人を閉じ込めるようにできています。脱出するには、ある条件をクリアしなければなりません」」
「「ある条件って?」」
「「うん、それは今決めるんだけどねっ」」

 ペロっと舌を出し、リャナは付属していたと思われるシールに何か文字を書き始めた。
 それをヘルムートにだけ見せると、彼は納得したように何度も頷いて、ちらっとアランを見下ろしてきた。

「「はあはあ、なるほどねー」」
「なんなんだ」

 一応呟いてみるが、アランの声はリャナ達には届いていないだろう。

「「で、これを家のどこかに貼りつけます。
 …ええっと、見られない所がいいから、家の底の面でいいかな?
 ヘルムート君ちょっと家持って」」
「「はいはいお姉さま………ふたりとも、ちょっと家動かすよー」」

 と言うが早いか、ヘルムートは家の下の方を手にかけて、容易く持ち上げてみせる。

「うおっ!」
「きゃあ!」

 家が浮き上がっても、足の裏はバルコニーの床をちゃんと踏みしめていたし、振動なども一切ない。しかし視界のがたつきに体がついていけず、アランとリーファは膝をついて蹲ってしまった。
 ヘルムートも家を揺らさないように持ちこたえてはいたが、リャナが底面にシールを貼り付けている為、景色がぐいぐいと上下する。あまり眺めていると、酔いが酷くなりそうだ。

 やがて家の下にいたリャナが、達成感を滲ませた顔をひょっこりと出してきた。

「「よし、貼れたよー」」
「「もうちょっと安定した所に置いた方がいいんじゃない?」」
「「そう?出てきた時、ベッドなら痛くないかなって思ったんだけどなあ」」
「「いつ出てくるか分からないし、日の光が当たってた方がいいと思うよ」」
「「じゃああっちに置く?」」
「「そうだね」」
「どうにでもしてくれ…」

 慣れない揺れに胃の不快感が酷く、アランは床の木目を眺めながら状況を堪えていた。側にいるリーファも、目を閉じて顔を青くしている。

 再び家が持ち上げられ、ヘルムートによって移動させられた。場所は、ベッドと絵画の真ん中あたりでベランダの真正面だ。
 ゆっくりと置かれ、バルコニーがベランダのガラス戸の向きになるよう動かされる。

「「一応クッションを玄関の近くに敷いておこう。飛び出てきた時痛くないように」」

 せめてもの優しさなのか。ヘルムートはそんな事を言いながら立ち上がり、ソファに歩いて行った。

 ようやく揺れからは解放されたが、まだ足元がふわふわしている感覚は抜け切らない。アランもリーファも、ふらふらしながら立ち上がる。

「…おい、ここを出る条件とやらをさっさと言え」

 床にクッションが敷かれる様子を見ているリャナに声をかけるが、やはり反応はない。

「バルコニーからは出られそうもないですね…」

 青い顔のリーファが手すりの先に身を乗り出すが、手を伸ばすと途中で透明な壁に阻まれるようで出られないようだ。

「グリムリーパーのお前で、こういうのは解呪出来ないのか」
「あ、なるほど…そうですね。やってみま」
「「───あ、言い忘れてた」」

 いきなり、頭上で声が響いた。リャナの声だ。
 少女はバルコニーに顔を向け、にっこり笑って後に続けた。

「「グリムリーパーのサイスでこの家から脱出する事はできるんだけどね。
 この家、元々あった家を圧縮して作られてるらしくって、それもいっしょに解けちゃうんだ。
 お城の中に、これの元の大きさの家がいきなり出てくる事になるから、きっとエライ事になると思うよ」」
「う…」

 グリムリーパーの姿を出そうとしたリーファが、その警告にぎょっとして慌てて引っ込めている。家と城、どちらが壊れるかは分からないが、どの道大惨事になる事は間違いない。

「ち。結局、条件をクリアして出るしかないという事か…」

 アランは苦々しく舌打ちした。リャナが全力で罠に嵌めようとしている以上、魔術界隈は門外漢なアランに出来る事はない。

「「色々がんばって条件を満たしてねっ。………ええっと、ヘルムート君は状況見てヒントとか出してもいいよ」」
「「あれでヒントかあ………困ったなぁ。リーファはともかく、アランには難易度高いと思うんだけど」」
「「そこはほら、王様が悩んでるとこ想像すんのが楽しいんじゃん」」
「「ああ、まあ、ねえ」」
「…そこは否定してほしいのだがな…」

 リャナとヘルムートのやりとりを見上げ、アランはうんざりと溜息を零した。この様子だと、ヘルムートを当てにするのは難しそうだ。

「「じゃああたし今日は帰るから。もし出られたら、底のシールと旗取ってどこかすみっこに置いといて。じゃあね〜」」

 ご機嫌に笑ったリャナはヘルムートに説明書を預け、どたどたと忙しなく部屋から出て行ってしまった。

「「そ、それじゃあ僕も一度戻るから。
 何かあったら…って言っても、声も届かないのか。
 まあ、適当に見に来るからちょっと頑張ってみてよ。じゃあね」」

 取り残されたヘルムートも体を起こし、緩んだ口元を説明書で隠しながら部屋を後にした。

「「………………………」」

 家の中に取り残されたアランとリーファの間に、何とも言えない空気が漂う。さっきは勢いで話しかけたが、ここ最近はずっと避けていたし、今更何の会話をすればいいのかも分からない。

 城のベランダから見える光景は、少しずつ日が暮れ始めていた。そのうち、側女の部屋の中も暗くなって行くだろう。

「…とりあえず、部屋を見て回りません?」
「そう、だな…」

 リーファの提案に、アランはただ頷く事しか出来なかった。