小説
あなたに贈る「×××××」
 次の日の朝。
 玩具の家を包む静寂を靴音がぶち壊し、ほんのり差す空の明るさを大きな影が遮った。

「「おっはよー」」

 やかましい音と声に叩き起こされ、ぼんやりと覚醒したアランは不機嫌に顔をしかめた。
 ベッドから体を起こし、バルコニー側の窓の向こうから覗いてくる巨人ヘルムートの顔を見て眉間を寄せる。

「元気だな…」

 備え付けの寝間着のまま部屋を出ると、焼きたてのパンの良い香りが鼻を抜けた。もうリーファは下で朝支度をしているようだ。

 どうせすぐにリーファも来るだろうと、アランは先にバルコニーへの扉を開いた。

 ヘルムートは、床に置いたクッションに寝そべった姿でアランを出迎えている。まだ寝足りないアランを見て、ふふ、とほくそ笑んでいた。

「おはよう」
「「おや、もしかして今起きたのかい?昨日はあまり眠れなかった?」」
「枕が硬くてな…」
「「慣れない場所じゃ仕方がないよね」」

 まるで会話が出来ているようだが、これでヘルムートはアランの声が聞こえていないと言うからおかしな話だ。

「おはようございますー」

 程なくして、リーファがぱたぱたと慌ただしくバルコニーに顔を出してきた。
 服格好は昨日の服とは違っていた。白のブラウスと紺色のスカート、ネコの柄が入ったエプロン姿だ。これも家に元々備わっていた服らしい。

「「おはようリーファ。元気そうだね」」
「そうですね。今の所、何事もないです」

 言葉はともかく、リーファは首を大きく縦に振るので何となくは伝わっているだろう。
 やがて、ヘルムートはちらりと玩具の家の上の方を見やった。に、と口の端を吊り上げ、意気揚々と告げる。

「「ではふたりが揃ったところで、中間報告しよう。
 リーファ、おめでとう。君はここを出る条件をクリアした」」
「「───は?」」

 アランとリーファは、声を揃えてぽかんと口を開けた。
 ヘルムートは屋根の上に刺さっている旗を指差して、話を続けた。

「「ここの旗さ。条件をクリアすると、色が変わるらしいんだ」」

 促されるまま旗を見やる。
 ここへ入る前に見た旗の色は、一面真っ白だったはずだ。それが今は、右上から左下に線が入ったように境目が出来て、右下のリーファの部分がピンク色に染まっている。

「「この調子なら早く出られるかな?何が条件だったかは、是非ふたりで探しておくれ。
 ああ、今日の仕事はこっちでやっとくから。『リーファとベッドでイチャイチャしてる』って、周りには伝えておくよ。
 じゃあ、また昼頃に来るね」」
「あ、ちょ…」

 こちらが声を上げる前にヘルムートは機嫌良さそうに体を起こし、さっさと側女の部屋を出て行ってしまった。

 再びふたりで取り残され、アランはリーファを見下ろした。リーファもこちらに気が付いて、アランを見つめ返してくる。

「…何をした?」
「ええっと…そうですねえ。今まで私がした事と言うと…。
 食事を作って、掃除をして………あとは日記をつけた事ぐらいですかね」
「…日記?」
「ほら、アラン様が見せてくれたじゃないですか。日記帳を。
 あれと見た目も中身も同じものが、私の部屋にもあったんです。
 それで…せっかくなので、私も書いてみたんですけど…」
「そんなものが………あとで見てみるか…」

 顎に手を置いて考えていると、リーファが恥ずかしそうに頬を赤らめた。

「え、あ。み、見るんですか…?」
「…どうした」
「あ、アラン様はもう見ないと思って…色々書いちゃったので…見られるのが恥ずかしく…」

 相当恥ずかしい事を書いたのだろうか。俯いてもじもじしているリーファは耳まで真っ赤にしている。

 嗜虐心に駆られる光景に、アランの口の端が上がる。悪い顔をしていると、鏡を見なくても自覚できる。
 アランは腕を組み、リーファを横目に見ながら大げさに言ってみた。

「これが条件かもしれないからなぁ。
 ヘルムートもふたりで探すように言っていたし、協力はしてもらわねばなあ。
 …そうだ。どうせだから食後にでも朗読してくれ。お前の口で内容を聞いてみたい」
「え…ええー………」

 赤を通り越して赤黒くなっていきそうなリーファを満足そうに一瞥し、アランは鼻歌混じりで寝室に引き返して行った。