小説
それは罰と呼ぶには程遠く
「馬鹿な話だ。
 確かに呪い殺してやりたいが、面識すらないお前がタールクヴィスト家に何が出来るというのだ」

 アランの貴族に対する配慮など欠片もない発言に、ヘルムートがやれやれと肩を竦めている。

 和気藹々と談笑しているアランとヘルムートから視線を落とし、リーファは後ろめたい気持ちで口を開いた。

「…一つ、心当たりが…」

 その一言で、和やかな場に緊張が走る。

「…え?」
「何…?」

 ヘルムートは驚いたように、アランは怪訝な表情でリーファを見下ろしてくる。

 二対の視線───近衛兵も含めれば四対の視線───がリーファに向けられ、身が竦む思いだ。しかしこうなってしまった以上、言わない訳にはいかない。

「…”呪い玉”というものがあるんです。
 簡単に言うと、呪いが生まれ、対象者に接触する前の塊のようなものなんですが…。
 一ヶ月程前、その呪い玉が私目掛けて来ていて…それを追い払った事があるんです。
 ”呪詛返し”…とはちょっと違うんですけど」
「…何故、黙っていた?」
「誰から来ているものかまでは分からないんです。
 私には、飛んできた呪い玉をただ返す事しか出来なくて。
『私宛になんだかよく分からない呪いが飛んできたので追っ払っておきました』じゃあ、アラン様も困ると思って…」
「…確かに、困るが…」

 色々と想像してしまったのだろう。アランは複雑そうな面持ちで目を細めている。
 ヘルムートは不思議そうにリーファに訊ねた。

「その、呪いって簡単に跳ね返せるものなの?」
「呪いの強度と対策次第、と言うか。私の場合、父の家系の魂の制約があって…」
「あの、恋愛感情に鈍くなるとかいう?」

 かなり前に話した事を覚えているヘルムートに感心しつつ、リーファは頷いた。

「あ、は、はい。そうですね。あれが呪いと同等の作用があるらしいんです。
 基本呪いというのは、親和性が高くなければ一つしかかからないものなんです。
 呪いの強度次第で、既存の呪いが打ち消されて新しい呪いにかかってしまったり…。
 逆に既存の呪いによって新しい呪いを跳ね返してしまうんです」
「今回は、後者が作用したって事なんだ」
「そうです。ラダマス様経由でかかっている私の魂の制約は、女神様から与えられたものと言われているらしくて。
 …よほど強力な呪いでもなければ、弾いてしまうでしょうね」

 横で黙って聞いていたアランは、腕を組んで淡々と要約した。

「つまりだ。
 ウッラ=ブリットが、リーファを恨んで呪いをかけようとしたが失敗。
 返ってきた呪いにかかり、今怪異を起こしている…という事になるのか」
「私の心当たりに関係があるとしたら…ですが」

 リーファが静かに首肯すると、アランは大きく長い溜息を吐いた。苛立たし気に、伸びているウッラ=ブリットを見下ろす。

「はた迷惑な話だ…」

 確かに、とリーファも思う。

 リーファに嫌がらせした結果、自身の見合いが駄目になり。
 腹いせにリーファに呪いをかけようとしたら跳ね返ってしまい、自分と周囲に被害が及んでしまった。
 そんな自業自得の結果を、恨みつらみを込めてリーファに吐き捨てるなど。

 あくまでリーファの所へ来ていた呪い玉が原因であればの話だが。それにしてもいい迷惑である。

「魔女が絡んでいるならいざ知らず…。
 魔術師嫌いの国で貴族が呪いか…何か、あまりピンと来ないけど…。
 タールクヴィスト家が呪術に詳しいなんて話も聞いた事がないし」

 ヘルムートはリーファの意見に懐疑的のようだ。
 ラッフレナンド領内では、魔術師が活躍できる場所はほぼない。そんな中、ここまで呪いの被害が出ているのは納得がいかないのだろう。

「いや。先の見合いでウッラ=ブリットは、エイミー=オルコット、アドリエンヌ=ルフェーヴルと結託していた。
 エイミーは魔術師を嫌っていたが、オルコット辺境伯は魔術研究について肯定派だった覚えがある。
 リーファを恨んでいたなら、あのふたりも繋がっている可能性はある」

 アランはそうヘルムートに反論する。
 先の見合いの詳細について、自分の事でいっぱいいっぱいだったリーファは詳しくは聞いていなかったが、アランは見合い相手とそれなりに会話をしていたようだ。

(アラン様は、ちゃんと見合い相手と向き合っていたのね…)

 それ故に、見合い相手の暴走で破談に終わってしまったのは残念でならないが。

「リーファ、呪いの特定は出来るか?」

 アランに問われて、リーファは呪い判別の杖の事を思い出す。
 以前クローゼットにしまっていた杖は、例に漏れず壊されてしまっている。杖はへし折られ、先端の水晶球と括り付けていた赤い宝石は今も見つかっていない。

「杖は壊れてしまったので、作り直さないと…。
 水晶球は確か家にあったので、後は杖と発動体の宝石が必要で…」
「ん」

 声もなくアランが軽く顎を下げる。その仕草が理解出来ず、リーファは怪訝な顔をした。

「ん?」
「馬鹿女め。おねだりの仕方を忘れたか」

 息をするようになじられ、リーファは少し考え込む。そして、ふとその真意を察して慌てて言い返した。

「え、いえ。どっちも自分で調達しますから」
「お前は、私をケチな王だと城中に噂させたいのか」
「う…」

 呻いて、ちら、と近衛兵達を見やる。彼らは少し困ったように鎧を軋ませたが、ウッラ=ブリットを押さえ込んだままだ。

 別に近衛兵達はアランが『ケチな王』だと噂はしないだろう。彼らは城の兵士の中では精鋭中の精鋭だ。王に対する忠誠を備えているし、守秘義務だってある。

 アランが困っている事を解決する為に、協力者に金銭を支援するのはおかしな事ではない。そう言いたいのだろう。

 リーファはアランに向かい合い、スカートの裾をつまんで恭しく首を垂れた。

「…陛下。
 今回の呪いの騒動について、微力ながらお手伝いをさせて下さい。
 つきましては…幾ばくか、支援をお願いできればと思います」

 リーファの上品ぶった態度に、アランはつまらないものを見るような表情で唇を尖らせた。

「…そこは『何でも言う事を聞きますので買って下さい』でいいだろうに」
「それじゃ私が言う事を聞いてないみたいじゃないですか。
 朝昼晩、いつも何でも言う事は聞いてますよね?」

 素に戻って不満を漏らすと、アランは、ニ、と唇を吊り上げ笑った。

「いや、まだまだだ。これからは私が何を言わなくても、望みそうな事をしておくように」
「…善処します」

 呆れたリーファの返事に気を良くして、アランは両手を広げてみせた。
 一応察してリーファはアランの胸に寄り添う。謁見の間なのにこんな事していていいんだろうか、等と考えるのは止めてしまった。

「うううううぅうううぅう…」

 周りを余所にアランが腕の中でリーファをもみくちゃにしていると、組み伏せられたウッラ=ブリットが悔しそうに唸り声を上げていた。