小説
それは罰と呼ぶには程遠く
「それで、この呪術はどう解呪する?儀式の場は片付けられてしまったと言っていたが」
「それはアラン様達の時と一緒ですよ。
 場所は片付けられていても、呪術の力場はその場所に残り続けるんです。
 その男爵邸の地下室へ行って、解呪してくるだけです」

 アランからの質問にそう答えて、リーファは少し黙り込んだ。顎に手を当てて考え込み、打診してみる。

「…今から行ってきましょうか?
 場所さえ教えて頂ければ、ぱぱっと飛んで行ってぱぱっと解呪してきますけど」
「それは───」
「駄目だ」

 リーファの何気ない提案に、ヘルムートの返事を遮ってアランはきっぱりとはねつけた。
 厄介ごとは早々に解決したいだろうと思い込んでいたから、アランの拒否にリーファは言葉を失ってしまう。

 戸惑うリーファを半眼で見つめ、アランはソファの背もたれに腕をかけて詰め寄った。

「リーファ、お前は何だ?」

 あまりにもざっくりとした問いかけだ。『何』という言葉が何を求めているのかが分からない。
 これがベッドの中での会話であれば、アランが喜びそうな言葉を並べるだけで済んだだろうが、今はその時ではない。

「何だ…って。ええっと、アラン様の側女です…」
「そんな事を聞いているのではない。お前は人間なのか、グリムリーパーなのかと聞いている」
「…それ、は…」

 リーファはその問いかけに即答出来ず、思わず黙り込んでしまった。自分はグリムリーパーと人間のハーフで、どちらでもあって、どちらかでしかない、とは言い切れない。
 だが、アランはそうは思っていないらしい。

「お前が私の側女であるというのなら、人間であるように振る舞え。
 呪いの判別はお前に任せたが、今から解呪しに行く事は人間では成しえない」

 ヘルムートも───恐らく自分の意見は一旦横へ置いておき───アランの意見を首肯する。

「リーファが、国の為に早く解決したいって思う気持ちは分かるよ。
 でも多少遠回りでも、僕達は僕達で必要な手続きを踏まなきゃならないんだ。
 人間以外の…というか、魔術を扱えない僕らからしたら未知な力を借りるのは最低限にしたい」

 そして、人当たりの良い笑顔を浮かべて、ぶすっとしたアランを茶化した。

「アランはね、心配してるんだよ。
 また何かのトラブルに巻き込まれて、帰ってこないんじゃないかって」
「…ああそうだ」

 アランの容認に、ヘルムートが驚いたように目を瞬かせた。リーファも、口を開けてアランを見上げる。

 かつてのアランであれば、ヘルムートの揶揄いを『違う』と言い返しただろう。
 しかし今は、それを否定せずに受け入れている。

 ───そう言わしめる理由があったのは確かだ。
 最近だと記憶喪失の騒動が最たる例か。リーファにその記憶はないが、アランはビザロまでリーファを追いかけ、果てはグリムリーパーの城まで行っていたらしい。
 少し遡れば、マルセルに連れ去られてのひと悶着もそれにあたるし、細かい所だと、魂回収の為にほんの少しの間だけ体を抜けだしたら、帰ってきた時こってり絞られた事もあった。

 アランの中で、リーファという女は『外に出したら二度と戻ってこない女』という位置づけになっているのかもしれない。
 ”セイレーンの声”に毒されているなら、尚の事気が気でないのだろう。

「お前がいないと食事も味気ないし、夜も寝付けん。一日一回はもみくちゃにしてやらんと落ち着かんし、お前の作った菓子を食べないとイライラする。
 お前が私の側女であると言うのなら、人間として、私を悦ばす事だけを考えていろ」
「…だってさ」

 真顔で淡々と子供の我が儘のような言葉をぶつけるアランの姿に苦笑して、ヘルムートが肩を竦めている。

 アランの真っ直ぐな視線を受け止めて、リーファは胸が締め付けられる思いがした。

(ヘルムート様は、『リーファに対する依存が強くなっていくのは困る』って言ってた………でも。
 私は、いつかはここから離れる覚悟をしなきゃいけない………でも)

 不謹慎にも、つい口元が緩んでしまう。

(アラン様に”人間”として求められる………この心地良さに、嘘はつけない)

「すみません…出過ぎた真似をしました。
 そうですね。私、人間なんですから…」
「…分かればいい」

 アランがそう言って、リーファを抱き寄せて口づける。まるでそれがマナーであるかのように、リーファの体をまさぐり首筋に唇を這わせる。
 いつも通りもみくちゃにされながら、リーファはアランに訊ねた。せめて人間として、出来る事をしたい。

「…あ、あの。手紙だけ書いていいですか?ビザロのハドリーさんに。
 同じ町での事ですし、何か知っているかもしれないので」

 グリムリーパーへの相談だ。やはりというべきか、アランは少し不機嫌に眉根を寄せたが。

「…いいだろう。文章は検めるぞ」

 今度は許可してもらえて、リーファは内心ほっとした。

「ありがとうございます。では、早速」

 アランの額にキスを落とすと、彼は渋々リーファを解放した。

 リーファは首を垂れ、ソファから離れて奥の机へと歩いて行く。机の引き出しを開けて、中に入っていた便箋と封筒を出した。

「情報を集めたいから、明朝、セグエ・ビザロ・ペルダンに密偵を送るよ。
 明日の会議の議題に挙げて───」

 ヘルムートがアランに今後の方針を説明している間に、リーファは椅子に腰掛けてどういう内容を書こうか考える。いつも気を付けている事だが、仮に誰に見られたとしても問題が起こらないようにしないといけない。

 ちら、と後ろを見やって、打ち合わせているアランの横顔を見やる。

(私は、側女…。
 アラン様に心身を捧げて、悦ばせて、御子を産んで。
 務めを終えたら、城を去るだけの人間)

 立場を見つめ直すように、言い聞かせるように、自分の在り方を心中で復唱する。
 当たり前の事実だ。アランはリーファにそれ以上を求めてはいない。
 そして呪術の内容がラッフレナンドを脅かすものならば、ここからはアラン達の仕事だ。リーファが首を突っ込む事は出来ない。
 なのに。

(それだけで、本当にいいのかな…。私にもう出来る事はないのかな…)

 自分が側女としてここにいなければ、ウッラ=ブリット達が呪術に手を出す事はなかった───そういう気持ちが、こみ上げて来てしまう。

 あまり動揺しているとアランに感づかれてしまう。気取られないよう、リーファは便箋に目線を落とした。