小説
それは罰と呼ぶには程遠く
 日が沈んでいくビザロの町を、グリムリーパーのリーファは歩いて行く。土地勘はないが、町並みは単純な構造になっているから奥まった場所へ行くでもなければ迷う事はない。

 噴水広場は町の中心だけあって人通りが多い。夕食の買い出しに出掛けている女性、既に酔いが回っている男性達、ベンチで仲睦まじく語らいを楽しむカップルなどを遠目に見ながら、リーファは目的地を胸中で確かめた。

(中央の広場から、南西の通りの途中にある赤い屋根の庭付きの家…)

 教会のシスターに教えられて向かっているのはタールクヴィスト邸だ。
 そこにハドリーがいる保証はないが、呪術の場は残っているだろうし、何らかの手掛かりがあるのでは、と考えていた。

(大亡霊が出そうな予兆は…ないのよね…)

 可能性の一つが潰れた事に、安堵と共に不安も覚えた。
 魂を刈るグリムリーパーであっても、大亡霊のような大物を相手にした場合食い殺される事はあるのだ。死体など残るはずはないので、食べられてしまえば痕跡など一切残らない。
 しかし、それを感じさせる要素は今の所見られない。この可能性はないと思って間違いないだろう。

 となると、他の理由でハドリーがいなくなったという事になるが、今の所何も思い浮かんでは来なかった。
 ただ、別の用事であちこちに飛び回っているなら、教会のシスターを泣かせるような事はしないだろう。

 南西の通りを歩き、人目を避けて適当な横道に入ると非実体化する。タールクヴィスト邸の者と会話する訳ではないから、こちらの方が都合が良い。
 立ち並ぶ家屋の壁や庭を滑り抜け、さほど時間をかけずに目的の場所へと到着した。

 シスターによると、この屋敷はタールクヴィスト家のセカンドハウスらしい。
 タールクヴィスト男爵自身は別の土地に領地を保有しているようなのだが、利便性を求めてこのビザロの町に移住。領地の運営を家令に任せ、男爵はここと領地を行き来しているのだとか。

 屋敷の全景が気になって、リーファの体が黄昏時の空を舞う。

 セカンドハウスとは言え、さすがに爵位持ちなだけあって屋敷はそこそこ広い。
 見下ろした屋敷で目を惹いたのは、敷地内右奥の庭だった。
 大理石製の東屋は、ティーパーティーが楽しめそうではあった。すぐ側には不思議な形の水の貯め場があるが、恐らく貯水槽ではなく遊泳場だろう。

 建物はLの字状に建てられていて2階建て。
 夕焼けで光って分かりづらいが、シスターが言っていた通り赤い屋根なのが分かる。壁面も白い大理石を使っているようだ。屋敷の右手前には木造の平屋がある。

 敷地内に降り立って、木造の平屋に入る。やはり物置で、庭の手入れ用のノコギリ、鎌、ハサミなどの用具の他、馬車の荷台などもある。馬は恐らく余所から借りるのだろう。
 しかし目当ての地下室らしい入り口はない。はずれだ。

(例の候補三人が地下で儀式を行ったとして…。
 家の人に知られないで呪術なんて出来るものなのかな…?)

 不意にわいた疑問に嫌なものを感じる。

 この近隣は住宅ばかりだ。生贄の調達や儀式中の騒音を考えれば、相当慎重に行わなければ隣人に不審がられるだろう。
 例の候補三人だけが関与していると思い込んでいたが、もしかしたらタールクヴィスト男爵も呪術を認知していたのかもしれない。
 呪術というものがよく分からないまま行使したとしても気持ちの悪い話だ。邪推だと思いたい。

(地面に潜って地下の空間を探す………出来るかな…)

 ラッフレナンドの脱出路探しを思い出す。
 あの時は『湖の下に通り道がある』と教えてもらっていたから道を探るのに時間はかからなかったが、こちらは深さや範囲などは分からない。

 跪き石畳に手を当てる。はあ、と息を吐いて肩の力を抜くと、ずぶりと石畳の下へ体が沈んでいく。

 言わずもがな、地面の中は目を開けていようがいまいが真っ暗だ。適当な所まで体を降下させ、屋敷の方角に向かって水中を泳ぐ要領で移動して行く。
 呼吸をする必要はなくても、真っ暗な地面を泳ぐのは気持ちの良いものではない。人間の時の感覚が強いリーファの場合、なんとなく息苦しい感覚というものが付きまとう。

 しばらく潜行を続け、一旦上がって居場所を確認するべきか悩んでいたら、手が下の方をかいた途端、風を切る感覚に変わった。恐る恐る、その場の下の方を覗き込む。

(ここが…)

 視界の先にあったのは、石畳の地下室だった。

 そこそこ広く、屋敷の半分位の面積だろうか。普段から使っていないのか、部屋の隅に木箱のようなものが幾つか積み上がっているのが分かる。

(でも、何故陣が発動したままなの…?)

 使われていない地下室に灯りなどついているはずもない。にもかかわらず何故木箱が視認できたのかと言うと、床に呪術の陣が展開されていたからだ。
 複雑な文言が書かれた円陣は、赤い光を発して揺らめいている。範囲はそこそこ広く、地下室の大部分を占めていた。

 天井から顔を出して様子を見ていたリーファは、陣に触れないよう床へと降りる。実体化して、サイスを具現化すると───

「そこに、だれかいるのかい…?」
「!?」

 地下室の中央から聞こえてきた弱弱しい声に、リーファはサイスを握りしめ警戒した。

 声の先は、円陣の中央からのように思えた。そちらを注視すると、うっすらと人影のようなものが横たわっているように見えた。

「”灯れ”」

 手をかざし魔術を発動させる。握り拳程度の小さな白い炎が現れ、リーファの意思に従って円陣の中心の真上へと送られる。天井が照らされ、ようやく声の正体が知れた。

「───っ!」

 円陣の中心にいたのは一人の壮年男性だ。くすんだ赤銅色の短髪と、同じ色の瞳。服は黒を基調としたもので、恐らくは牧師服だろう。

「あなたがハドリーさん…でいいですか?」
「ああ、そうだよ………見知らぬ同胞の、お嬢さん…」

 見知らぬ、と呼ばれるのも奇妙な感じがしたが、よく考えれば手紙のやりとりしかしていないのだから初対面も同然だ。
 リーファは胸に手を当てて首を垂れた。

「…失礼しました、ハドリーさん。
 お初にお目にかかります。私はエセルバートの娘、リーファです。
 いつも忙しい合間を縫って手紙を送って頂き、ありがとうございます」
「ああー…」

 名前を名乗ってようやく、ハドリーはかつて会ったリーファと結び付けたようだ。

「道理で、良く届く声だと思ったら………同胞としての君は、そういう姿をとるんだね…。
 最初に会った君は、とても頼りない子に見えたものだが…。
 エセルバートの子にしてはしっかりした子に育ったものだ…」

 感慨深げにハドリーは頷いている。彼が初めて会ったリーファは記憶が無い状態だったから、今のリーファとイメージが違うのだろう。