小説
それは罰と呼ぶには程遠く
「西の遺跡…」

 最近聞いた遺跡の名を挙げると、呪術師がぴくりと眉を動かした。

「おや、ご存じとは」
「ある、という話だけね………国も調べてないみたいだし」

 リーファの言葉に呪術師は失望したようだ。長く深い溜息を零し、舞台役者のように大袈裟に両手を振りかざして見せる。

「豚に真珠、という事か………ああ、実に…実に嘆かわしい。
 あれほどの技術があれば、魔王軍など一刻もかからず殲滅出来るというのに。
 いいや!魔王だけではなく、この世界そのものを手中に収める事も可能だというのに…!」
「でも、当時の為政者がそうしなかったのは、それを必要と感じてなかったからじゃないの?作ってみたら過ぎたものが出来ちゃったなんて、よくある事よ」

 リーファは反論したが、呪術師は高らかに吠えてみせる。

「なればこそ!今、必要なのですよ!!
 この国で多くの魔術師が迫害の憂き目に遭い、多くの血が流れた!
 カロ=カーミスが生きていれば、『今がその時だ』と叫んだでしょう。
 そう、今こそ!魔術師による魔術師の為の千年王国を築く!それこそが我が悲願!!!」

 呪術師のご高説に、リーファは思わず溜息を零した。

(暇な人間がいたものね…)

 誰に吹き込まれたのか興味はないが、三百年以上前の事をほじくり返すなど、よほど暇だったのだろう。もしくは今の境遇に納得出来ず、余所に発散の場を求めているだけか。
 何にしても、今この国で生きているリーファからすればたまったものではない。

「その第一歩の土台として、あなたがたグリムリーパーが選ばれた。
 ───光栄なことと、思いませんか?」
「っ」

 リーファの目の前にしゃがみ、すっかり丸裸になってしまったリーファの腿を撫で回す。
 怖気が走り力なく後ずさりすると、呪術師は笑みを濃くした。

「ああ、いい表情をなさる。このまま死んでしまうのが実に惜しい」
「それはどうも………本当、よく言われるの」

 喜々と迫る呪術師から逃げられるはずもない。
 息がかかる距離まで追い詰められ、露わになった肩を掴まれた時。

 ───リーファは不快感いっぱいだった表情を、不敵な笑みに変えてみせた。

「そのまま見惚れて死んで」

 ───シャンッ!

 空を薙ぐ音が、呪術師の背後から放たれる。
 縦に一閃。唐突に現れた煌めきが勢いよく呪術師に落ちてきて、彼は驚愕に顔を歪ませた。

「───な───」

 切れ味の良い武器であれば脳天から真っ二つだっただろうが、その煌めきは肉体には被害を及ぼさない。しかし、その内側にあるものを容易く刈り取っていた。

 呪術師の、魂を。

「ばか───な───」

 あれだけ長々と喋り倒していた呪術師も、死に際の呻きはか細いものだ。
 倒れてきた呪術師を避けようと、リーファは不自由な体をよじって何とか避ける。

 呪術師は完全に事切れ、静かに床に沈んだ。もうぴくりとも動かない。

「…はーっ」

 リーファは大きく溜息を吐いた。緊張の糸が解けて、胸を撫で下ろす。そして満足げに、宙に浮いている煌めき───もとい、小振りなサイスを見やる。

 グリムリーパーの強制実体化と種族の能力を封印する”此岸の枷”だが、人間とのハーフであるリーファには効果が薄い事が分かったのだ。”此岸の枷”自体が純粋なグリムリーパーの為のもの、という理由らしい。

 アランから戯れに”此岸の枷”を渡された際、何かの役に立つだろうかと試行錯誤を繰り返した結果、通常の半分の大きさのサイスの具現化と、近距離だが遠隔操作が可能となっていた。

(正直、成果があんまりに微妙過ぎて誰にも言ってなかったけど…”芸は身を助く”ってこういう事なのね…)

 しみじみと感じ入り、飛んできたサイスを手に取る。始めてやってみたが、草刈り鎌程度の大きさでも魂を刈り取る事に問題はなさそうだ。解呪も可能だろう。

「…やれやれ。まさか姪のハニートラップを見せられる事になろうとは」

 顔半分が床に溶けて動けないでいるハドリーが、横でぼそっとぼやいている。
 ハドリーに顔を向けて、リーファは肩を竦めた。

「私だって好きでこんな事したかった訳じゃないですよ。
 この呪術師が帰ってくれれば円陣だけ解いて終わりだったのに。まさか迫ってくるだなんて」

 先の事を思い出して腹が立ち、床の上で沈黙している呪術師の頭を軽く蹴飛ばす。彼の上には刈り取られたばかりの魂がおろおろ浮いているが、あの状態であれば放っておいても問題なさそうだ。

 一方のハドリーは、左手で顔を覆って悩んでいるようだった。

「わたしは、今度エセルバートに会った時どんな顔をすればいいんだろう…」
「父さんなら何も言いませんよ…多分。
 でも、もし会ってもこの事はナイショにしていて下さいね。めんどくさいので」
「勿論だとも。解呪に来たら罠に嵌って、挙句姪に体を張ってもらって助けられただなんて…。恥ずかしくて死んでしまいそうだ…」
「死なないで下さいせっかく助けに来たんだから。
 ───さあ、解呪して帰りますよ」

 リーファは手に取ったサイスを振り上げ、足元の円陣に勢いよく叩きつけた。