小説
それは罰と呼ぶには程遠く
 ハドリーが『呪術師の肉体と魂は必要だ』というので、回収して持ち帰る事となった。
 呪術師を背負う為に実体化し、タールクヴィスト邸の家人の目を盗んで屋敷から出る手間はあったが、地下室の出入り口は屋敷の外にあったし、本調子ではない男爵達も早々に就寝したようで、苦も無く敷地内から出る事が出来た。

 仰げば空はすっかり夜の帳が降り、星空がさりげなく輝いている。照らされる街灯の下を行き来する人は殆どいないが、その先の噴水広場はやや賑やかだ。

 移動方陣のエネルギーにされてそこそこ溶かされていたハドリーだが、解呪が済めば普通の中年男性の姿を取れるほどに戻っていた。服を溶かされないが為に本当に体を犠牲にしていたとすると、大した精神力だと感心してしまう。

 ハドリーに背負われている呪術師を見やり、リーファは訊ねた。

「それ、どうするんですか?」
「もちろん蘇生させるさ。今回の怪異の原因を、彼からちゃんと白状して貰わないとね」

 魂を失いぐったりとしている呪術師だが、肉体が死ぬ前にちゃんと処置を施せば、魂と肉体を繋ぐことは出来る。
 怪異の正体を有耶無耶にしない為に、ハドリーの中である程度シナリオが出来上がっているようだ。

「…大人しく白状します?改心とかしなさそうですけど」
「当然さ。記憶を少しばかり弄って、女神の下で心を入れ替えてもらう事にするよ。
 このやり方にケチをつける同胞は多いけど…ひとところに長く滞在するとなるとね。ついつい使ってしまう」

 はははと朗らかに笑うハドリーを見上げ、リーファは怪訝な顔をした。
 ハドリーの話は、『町の人の記憶をハドリーが良いように弄っている』と言っているように聞こえる。

「記憶を、弄る…?そんな事が、出来るんですか…?」
「ん?」

 その場に立ち尽くしてしまったリーファに、ハドリーもつられて足を止める。まだ中央の広場までは遠い。

「おや、エセルバートはこの事は話してなかったのかい?」
「はい…知りませんでした」
「魂の記憶を読んだ事は?」
「あ、あります…」
「では、魂を加工して砂糖菓子のようにした事は?」
「魂の味付けを変える力の事ですよね?はい、教わってます。
 ………正直、なんでそんなことをするのかと思いましたけど………」

 ハドリーから矢継ぎ早に質問され、リーファは困惑した。

 魂は大体どれも甘い味をしているが、中には苦いもの、辛いもの、えぐみのあるものがあるらしい。グリムリーパーは、そういった魂を食べやすい味付けや見た目にしてから食べる事が出来るのだ。

 リーファの父エセルバートは、『おいしいおかしになーれ、と可愛く念じてごらん』と随分ふざけた教え方をしてくれた。
 しかし半信半疑で念じて出来上がった金平糖のようなものは、本当に金平糖に近い食感や味になっていたのだ。色によってイチゴ味、ブドウ味と風味まで付加されており、あまりの手軽さに呆れた覚えがある。

「人間と同じように、我々だって同じ味では飽きるものさ。
 魂は我々にとって、食材と同じものなのだよ。
 リンゴはそのままかじっても美味しいが、アップルパイにするとまた良いものだろう?」
「それはまあ…分かりますけど」

 グリムリーパーの生態は理解した気でいたから、新しく入ってきた情報に目眩がする。穏やかに笑うハドリーが、別の生き物に見えてしまいそうだ。

「魂の記憶の改竄は、要領自体は同じなんだよ。
 人間にとっては、魂に他の要素が混ぜ合わされて、一貫性を保持する作用によって記憶が捻じ曲がる。
 そして良い塩梅に記憶が改竄される…という仕組みなのさ。
 わたし達グリムリーパーにとっては、味付けを変えているだけなんだがね」

 牧師として人間の町に暮らしているからか、その語りはとても流暢で分かりやすくはあった。

 恐らく、グリムリーパー達が魂の味付けをしていく過程で、同時に発生していた記憶の改竄に気が付いたのだろう。
 人間に気取られないように務めを行いたいグリムリーパーにとっては、この副次的効果は渡りに船だったはずだ。

(確かに便利な力だけど………記憶の改竄、か…)

 魂を刈り、回収する力にも色々考えさせられる時があるのに、記憶まで弄れてしまうなんて。

(グリムリーパーは、本当に人間とも魔物とも違うのね…)

 そんな事まで出来てしまうグリムリーパーという存在に、リーファは薄ら寒い思いがした。