小説
それは罰と呼ぶには程遠く
 そこまで説明をして、ハドリーが思いついたように話題を変えてきた。

「しかし、その話は知らなかったのか…。
 わたしはてっきり、あの王様もそうやって誑かしたとばかり思っていたのだが」
「!?」

 リーファの顔が驚きに歪む。

 アランの言動は、この一年と数ヶ月で大きく変わったと思っていた。
 元々そういう気質であったのかもしれないが、それでもリーファに対するアランの扱いが変わっていったのは自分が身を以て知っている。

(でも、もし。私が、アラン様の在り方をそうあれと、変えていたとしたら?
『王として相応しくあれ』と、『女性嫌いであれ』と。
『自分を側に置くようにあれ』と、魂を改竄していたとしたら───?)

 その考えにぞっとした。
 確かに『王らしく』とは思っていたが、アランの気持ちを独占したいなどと、他の女性は排して欲しいなどとは、百歩譲って思っていたとしても望んではいけない事だ。

 その想像を払拭したくて、リーファは街路の先を行くハドリーを追いかけた。

「あ、あの、ハドリー、さん」
「ん?なんだい?」
「その…改竄の話ですけど…。
 …無意識のうちに、やってしまうという事は、あるんでしょうか…?
 その、相手の気持ちが振り向くように、なればいいな、と思っただけで…なってしまうとかは…」

 歩きながらしどろもどろと質問を投げかけるリーファを見下ろし、ハドリーが訝しむ。
 しばし黙り込んだハドリーは、やがてこちらの意図を理解したかのように明瞭に断言した。

「ないね。それはない」

 そしてリーファにも分かりやすく、たとえを含めて教えてくれた。

「料理と同じだよ。改竄にも手順とコツが要る。
 何度も練習を重ねてようやく習得出来るものだから、時には失敗する事もある。
 改竄に失敗した魂は最悪壊れてしまう。壊れた魂は肉体が受け付けてくれない。
 気持ちだけで料理は出来ないし、上手くもならないだろう?」

 ハドリーの言葉が、リーファの胸にストンと落ちた。
 料理には、材料も下準備も要る。
 それらが一通り揃っていても、手際が悪ければ失敗してしまう事だってある。
 気持ちはフレーバーにはなるかもしれないが、それだけでは何もかもが足りない。
 出来るはずは、ない。

「そ、そうですね………安心、しました…」

 不安に視界まで狭まっていたのだろうか。安堵した途端、中央の広場の光景が目に広がって行った。

 噴水の周辺はライトアップがされていてとても綺麗だ。噴水の縁には灯されたランタンが規則正しく並べられ、側のベンチでさっきのカップルがまだ寄り添っている。
 周辺の店は開いており人の動きも目立つが、祭りという訳でもなさそうだ。普段からこうして賑やかなのだろう。

「我々が触れなくても、人の心は変わるものだよ。
 人に、物に、言葉に、立場に───。
 容易くとは言わないが、きっかけがあれば幾らでも変わっていけるものさ。
 …王様の心が良い方向に変わったと思うのなら、側にいた君が手を尽くしたという事なのだろう。
 そこは誇らしく思っていいところだと、わたしは思うね」
「そう…かもしれませんね…」

 慰めなのか労いなのか。ハドリーの温かい言葉に、リーファの気持ちも穏やかになっていく。

 教会に続く北の道に足を踏み入れると、静寂の支配域に入ったかのように喧噪が聞こえなくなっていった。街灯は周囲を照らすが、南西の通りよりも人の気配を感じない。

 自分の心配事が解消されれば、周りにも目が行きやすくなる。日が暮れる前に感じた事を、リーファはハドリーに打ち明けた。

「あの、ハドリーさん」
「うん?」
「話は変わるんですけど…。
 教会のシスターが、とてもハドリーさんを心配してました。
 教会に行った時、私を見て泣いてしまって…。
 多分、ハドリーさんが戻ってきたと勘違いしたんだと思うんです。
 ───恋をしてるんだなって、思いました。ハドリーさんに」
「………………うん」

 少し長い沈黙の後に、ハドリーが相槌を打つ。
 その小さな動揺を見て、ハドリーもシスターの想いに気が付いているのでは、と感じた。
 魂の改竄をしてそう仕向けている訳ではない、とも。

「あのシスターが、どうやってハドリーさんに想いを打ち明けるのかは分かりません。
 もしかしたら、ずっと胸にしまってしまうかもしれません。
 …でも、どうかその日が来た時、気持ちを逸らすような事はしないであげて下さい。
 ───ちゃんと向き合って欲しいなって、思います」

 そう告げてしばらく、沈黙が続いた。
 あまりに黙り込むものだから、聞いていないのではないかとハドリーをそっと覗き込むと、彼は考え込んでいるように見えた。

 リーファのしている事はただのお節介だ。ふたりの間にどういう馴れ初めがあったかだなんて知らないし、どういう結果になるなど正直あまり興味はない。
 だが、人間と一緒に生きて行くのなら、人間として向き合うべきだと思っただけだ。

「可愛い姪のお願い、聞いてくれます?」

 念を押してそう言ってみると、ついにハドリーは根負けして溜息を吐いた。

「自分で言ってしまう子なんだね、君は。
 ………でもまあ、うん。頑張ってみよう」
「ありがとうございます」

 リーファはにっこり微笑んで、教会の方に顔を向けた。
 やや暗いが、教会の鉄柵扉の側に人の影が見える。顔までは分からないが、シスターではないだろうかと思ってしまう。あちらはこちらが見えていないのか、動く気配はないようだ。

「君はエセルバートに似てないね。お母さん似なのかな」
「マルセルにもそれを言われましたよ。そんなに似てませんか?」
「ああ。お母さんの良い所を似たと思うよ」

 会話が聞こえたのか、教会の影が喜ぶように反応するのが見て取れた。