小説
それは罰と呼ぶには程遠く
「あたしは、こういうのどうかと思うんだけどなあ」

 昼下がりの、ラッフレナンド城2階執務室。
 出張販売に来ていたリャナは、注文を受けたものを執務机に出しながらも不満げに唇を尖らせた。

「まあまあ。リーファも了承してる事だし、ふたりの秘め事に首突っ込むのは野暮だよ、お姉さま」

 ヘルムートは本棚にもたれ、そうリャナを説いている。

 机に置かれたのは、黒塗りの宝石箱だった。
 艶のある漆塗りに、美しい螺鈿の模様がはめ込まれている。模様は蝶と花のようだ。花が箱の縁を彩るものだから、まるで蝶を閉じ込めているように見える。

 椅子に座っていたアランはリャナのぼやきを気にも留めず、宝石箱を開け、側で控えていたリーファにそれを見せた。

 箱の中にはネックレスが入っていた。
 銀色のチェーンに、透き通った深い青色の宝石が一つ通されている。
 カイヤナイト───そんな名前の石だったはずだ。別名藍晶石とも呼ばれている美しい石だ。

「幽霊系の魔物が生き物に憑依した際に、肉体の拒否反応を防ぐ為のネックレスだそうだ。人間の体からグリムリーパーを出さぬようにも出来るという」

 アランはリーファを睨み、声を低くして命じる。

「常に身に着けろ。私の許可なく外す事は許さん」
「はい。───ありがとうございます」

 躊躇いなど微塵もなく、リーファはネックレスを手に取った。

(…アラン様の瞳に、似てる…)

 美しい光沢のネックレスを愛おしげに眺めながら、今までにアランから贈られた物を思い出す。
 リーファの力を補うもの、才を抑えるもの、そしてアランの心身を満たす体。
 今回のネックレスは、リーファの心を縛るものだと言えるだろうか。

 リーファが必要と感じた物ばかりだが、全てはアランの為のものだ。”此岸の枷”などはその最たるものと言える。
 だからだろうか。贈り物を受け取る度に、”枷”をはめられたような気持ちになってしまうのは。
 いつか、”枷”が邪魔して身動きが取れなくなってしまわないだろうかと、そんな事を考えてしまうのだ。

(でも………この”枷”が、変に心地いいのよね)

 倒錯した感情を抱いてしまい、自嘲気味に微笑を浮かべる。

 ネックレスを身に着けると、ほんの少しだけ体が引き締まるような感覚があった。抜け出せるか試そうかと考えたが、野暮だと思い留まる。
 出来るかどうかではない。やらない事が大切なのだ。

「………………ふむ」

 ネックレスを身につけたリーファを見上げ、アランは何か考え込んでいたようだ。
 頭から足まで一通り眺めた彼は、怪訝な顔をしているリーファを真顔で見つめた。

「リーファ」
「はい?」
「………下着を、脱げ」
「「「───は?」」」

 アラン以外のその場にいた全員が、同時に素っ頓狂な声を上げた。

 あまりにも唐突に突拍子もない事を言うものだから、さすがのヘルムートもアランに訊ねる。

「な、何言ってんの?アラン」

 アランの表情に変化はなく、一見真面目そうに見えた。しかしあまりに真剣な眼差しでリーファの下半身を凝視するものだから、恐怖にたじろいでしまう。

「いやなに。
 よくよく考えれば、リーファの家出ならぬ城出癖はこれに始まった話ではなかったと思ってな」
「し、城出癖って…」

 アランの物言いに言葉を失う。リーファが城から出る事態になった事はどちらも不可抗力で、リーファの意思とは関係ない話だ。
 確かにいつかは城を出なければと思ってはいるが、今ではない事ぐらいはよく分かっている。

「いっそ下手に動き回れないようさせるのもありではないか、と考えた。
 服を全て没収しても良いが、それでは私の評判が悪くなるだろう?」
「下着脱がしての嫌がらせもなかなかだと思うけど」
「ついでに、私が劣情を催した時にその方が手間がない」
「そっちが本音でしょ」

 リャナも呆れた様子でソファに寝そべって突っ込んでいる。

「さあ、リーファ」

 アランから距離を取っていたリーファだが、椅子から体を起こして伸ばされた手に腕を掴まれてしまう。
 ゾワ、と背筋が凍るような思いがした。咄嗟に腕を引き寄せ、アランを振り解き後ずさりした。

「───い、嫌です!絶対にいや!!」

 いつもはリーファが怯えると嬉しそうに嗤うアランだが、今日は何故だか不満そうだ。その施しがさも当然のように、アランは無表情のままリーファに詰め寄った。

「ほう、私に楯突くか。まあ、お前なら反抗的な態度を取るだろうとは思っていた。
 ───いいだろう。私直々に身の程を分からせてやろう」

 アランはそう言って両腕を広げ、退路を塞ぎ近づいて来た。後ろは壁があるから逃げる事は出来ない。
 アランの右側から執務室の扉に向かうか、左側からベランダまで逃げて様子を見るか───刹那の間躊躇っていたリーファだったが、意を決して扉のある右側へと走ろうとした。アランの腕をくぐり、一直線で扉へ向かおうとする。

「あうっ?!」

 しかし易々と逃がす程アランも甘くはなく、身をかがめ腕をくぐろうとしたリーファの襟首をギリギリのところで掴んだ。バランスを崩したリーファ諸共、絨毯に縺れて倒れた。
 リーファを押さえ込む形でマウントを取ったアランは、乱暴にスカートをまくり上げる。

「いやっ、ちょ、はなしっ───きゃーっ!やだーっ!!」

 リーファは下着の上に黒いタイツを履いていた。面倒くさそうにアランが舌打ちする。

「ち。タイツなど履きよって面倒な。どちらも剥いてくれる」
「いやーっ!!!」

 タイツごと下着をずり降ろそうとするアランと、膝を曲げて手で押さえて全力で阻止するリーファ。
 邪魔なリーファの腕を捕まえようとアランが手を伸ばし、リーファはそれを躱してずり落ちた下着を引き上げる。

 ふたりの熱い攻防の外から、リャナとヘルムートのやる気のない会話が聞こえてきた。

「…そーゆー事するから城出されちゃうんだって、何で教えてあげないの?」
「分かってやってると思うんだけどなあ…」
「ふたりとも!!!助けて下さいってばー!!」

 ───結局リーファの助けを求める悲鳴は、シェリーが駆けつけるまで続いたのだった。
- END -

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