小説
夫婦の真似事の果てで
 納税課の窓口は、西側の奥まった場所にある。
 人の行き来が頻繁な課なので、あえて遠い所に設え利用者に列を作らせる意図がある、という話らしい。
 幸い今はピークも過ぎている。待ち時間もそう長くはないだろう。

 窓口まであと少しという所で、後ろについてきていたジョエルがリーファの隣に並んだ。

「…なあ、リーファ。オレの事、覚えてる?」

 確かめるように訊ねるジョエルを見上げ、リーファはついさっき思い出した同名の同級生と彼をダブらせる。
 当時の彼はそこまで高身長の印象はなく、雰囲気も子供っぽかったような気がする。だから名前が分からなければ彼だと気付かなかっただろう。

「ジョエル…だよね?カーリンの彼氏の」

 と答えると、ジョエルは何故だか嫌そうに表情を歪めた。
 その反応に何か間違えただろうかと考えたリーファは、カーリンとジョエルを交互に見て、恐る恐る聞いてみた。

「………………結婚したの?」
「「はあ?!」」

 ジョエルと後ろからついてきていたカーリンが、仲良く抗議の声を上げた。

「なんでこんな計算も出来ないヤツと!」
「オレだってお前みたいなかわいくねー女願い下げだよ!」

 付き合っていたにしてはあまりにも喧嘩腰なやり取りに、リーファは怪訝に顔を歪めた。

「え。でもふたり、付き合ってたよね?」
「い、いつの話だよ」
「とうの昔に別れたに決まってんじゃん」

 と、交互に教えてくれる。

 ◇◇◇

 ───ジョエルの事を、カーリンが『ちょっとかっこいいかも』と言っていたのは覚えている。
 彼とはクラスメイトだったが、会話する機会が殆どなかったリーファとしては、何となく『意外だな』と思ったものだ。

 それから程なくカーリンが『付き合いだした』と教えてくれた。
 しかし、どんなやりとりがあったか訊ねたら『付き合う?って聞いたらああ、って言ったから』とこうだ。
 ちょっとドキドキワクワクするような展開を期待していたリーファは肩を落としたものだ。

 それから程なくリーファは学校を離れる事になり。
 時々カーリンと会っても、ジョエルの話をしなくなっていたから深く追求をしなくなっていた。
 というよりは、すっかり忘れていたのだが。恐らくその頃には別れていたのだろう。

 ◇◇◇

「そ、そうだったんだ………じゃあなんで、一緒にここに?」

 踏み込んだ話題に触れてしまった、と申し訳なく思いながらカーリンに問うと、ジョエルが代わりに教えてくれる。

「今日の手続き、おやじと一緒に来る予定だったんだが、仕事中に腰やっちまってさ。
 でも手続きはふたりで来る事になってたから…」
「で、通りがかったあたしが、しょーがないけど一緒に来てあげたってワケ。
 お城なんて滅多に行けないし。リーファから手紙もらってたから、どこかで会えるかもって思ったしさ」
「ああ、それで…」

 とりあえず合点がいって、リーファは小さく頷いた。
 入城許可証は人数分与えられるものだから、気が咎めたのだろう。実際は許可証の人数分を越さなければいいのだが、受付や城門前でそれを理由に足止めされるのは嫌なものだ。

(そういえばジョエルの姓って…確か、ラモー、だったっけ…)

 ジョエルの顔を見て、とある人物の事を思い出す。家が雑貨屋をやっているとカーリンは言っていたし、多分同一人物だろう。

 そんな事を考えていると、カーリンとジョエルが手紙の事で盛り上がっていた。

「手紙?何の話だよ」
「リーファさ、王様の側仕えやってんだよ」
「はあー?」

 ジョエルの反応を見るに、どうやらカーリンに送っていた手紙の事は伝えていなかったらしい。
 怪訝な顔をしているジョエルの横を通り抜けて、カーリンがリーファの腕に抱き着いた。

「その辺の事さ、この後どっかで話聞けない?食堂とか使っていいんだよね?ね?」

 食い入るように追及してくるカーリンを見るに、どうやら色々話さないと解放してくれそうにない。
 と言っても、幼馴染との久しぶりの再会にリーファの心も躍っている。話したい事はいっぱいあるし、聞きたい事も山ほどある。

「そうだね。食堂使えるよ。無料だし、空いてれば個室も使えるから。………でも」
「でも?」
「私は、陛下に許可貰わないといけなくて。
 ………今も、ちょっと席を外してるだけだから、相談してみないと」

 顔を曇らせるリーファを見て、カーリンとジョエルが顔を見合わせている。

「そんなに厳しいの?王様って」
「ええっと…優しい方よ?多分、思ってるよりは、ずっと」
「ふーーーん…」

 リーファを見て思う事があるらしく、カーリンが面白くなさそうに唇を尖らせる。

 話し込んでいる内に目的の窓口の前まで到着した。パーティションに、”3:納税課”と書かれたパネルがぶら下がっている。

「あ、ここ、三番窓口ね」
「お、サンキュな。ちょっと行ってくるわ」

 ジョエルはそう言って、窓口の方へと足を運ぶ。手続き待ちの行列は出来ているが、そう時間はかからないだろうか。

 リーファはカーリンに顔を向けて下手な作り笑いをしてみせた。

「私、ちょっと相談してくるね。多分大丈夫だと思うけど。ここで待ってて」
「分かった。………あの、無理なら無理でいいからね」
「分かってる」

 そしてリーファはカーリンを軽く抱き締めると、踵を返して階段の方へと歩いて行った。