小説
夫婦の真似事の果てで
 執務室へ戻ったリーファは、アランにカーリンとジョエルの話を相談した。
 反対されるかもと思ったが意外とあっさり許可は下り、食堂で茶会を行う時間を得る事が出来た。

 少し驚いたが、アランがしょげているようだったので、ヘルムートが先の事を注意してくれたのだろうと察する事が出来た。
 だが───

 ◇◇◇

 食堂には、五つの個室がある。
 それぞれ名前がついており、王と王が統べる物それぞれを象った飾り物が扉についているのだ。

 ”王冠”───王を示す”コロナの間”。
 ”剣”───武力を示す”グラディウスの間”。
 ”黄金”───財力を示す”アウルムの間”。
 ”牛とロバ”───生産力を示す”ボース・アシヌスの間”。
 ”愛”───慈愛を示す”カーリタースの間”。

 仰々しい名前がついてはいるが、大多数の来賓のもてなしにも利用する”コロナの間”以外は調度品に差はない。加えて、全ての個室は空いていれば誰でも自由に利用する事が出来る。

 そんな個室の一つ。牛とロバが彫られた飾り物のついた”ボース・アシヌスの間”で、リーファは彼に旧友達を紹介した。

「それでは改めて───陛下。こちら、私の幼馴染のカーリンと、同窓のジョエルです」
「うむ」

 アランは満足そうに頷き、直立不動で硬直している友人達を見据えている。

(どうしてこんな事に…)

 リーファと同じ想いを、カーリンとジョエルも思っている事だろう。

 面会の許可が下りたと思ったら『では私も一言くらいは声をかけねばな』などと言って、アランもついてきてしまったのだ。
 戻ってきたリーファを見て喜んでいたカーリンが、後ろにいたアランを見た途端青ざめてしまった時は、さすがに申し訳ないと思ったものだ。

「カーリン、ジョエル。
 ご存じだと思うけど、こちらが私がお仕えしているアラン=ラッフレナンド国王陛下です」
「ご機嫌よう。私がアラン=ラッフレナンドだ」
「かっ───カーリン=マイヤーです!初めまして!」
「じ、じじじじじ、ジョエル、ラモー、です!よろしくおねがいしますっ!」

 愛想良く挨拶をするアランに対して、肩を震わせ深々と頭を下げる友人達。
 緊張し通しのふたりを見下ろし、アランは苦笑いを浮かべた。

「ああ。ふたりとも、そうかしこまる事はない。
 王などと言う肩書きこそついているが、私も君たちとそう何が違うという事はないのだから。
 …私はこの城に籠りきりだから、民の考え方を理解する機会が少ない。
 城下での暮らしぶりなどを教えてもらえると、今後の参考に出来ると思ったのだが…どうかね?」

 優雅に笑うアランの提案に、カーリンとジョエルも緊張を解いて行き愛想を浮かべた。

「わ、わたしでお役に立てるならば」
「お、オレにも何なりと言って下さい」
「ありがとう」

 アランが手を差し出してきて、カーリンとジョエルはどこか惚けた表情で握手を交わした。
 ささやかな自己紹介を終えると、不意にアランはリーファに顔を向ける。

「リーファ。彼の姓は、ラモー、と言ったか?」
「あ、はい。ジョエルは、以前私がお世話になった雑貨屋の店主さんの息子です」
「ああそうか。どこかで聞いた名前だと思ったが…」

 親が経営している雑貨屋をアランが知っている事に驚いたようで、ジョエルは目を丸くしてリーファを見る。

「え。リーファ、お前…じゃなくて、あなたも、ウチに来てた…んです、か?」

 たどたどしく言葉を改めるジョエルを見て、アランが口元を押さえて笑っている。

「幽霊騒ぎがある少し前にね。困ってた私に、おじさんが親切にして下さったの」
「そ、そうだったんだな…。そういえばいつだったか、お前の声を聞いたような気がしてたけど…」

 ───コン、コン。

 その時、個室の扉をノックする音が聞こえて、リーファは声をかけた。

「どうぞ」
「失礼いたします」

 扉を開けて入ってきたのは、食堂の給仕担当のメイドだ。押してきたワゴンには、ケーキやティーセットが一式並べられている。

(挨拶だけで戻りは…しないわね…)

 分かっていた事だが、ティーカップのセットが四客、菓子も四人分あるから、しっかり食べていくつもりのようだ。

 リーファはスカートをつまんで首を垂れた。

「では陛下。お茶の支度をしてまいりますので、よろしくお願いします」
「ああ、任せた───カーリン、ジョエル。座ろうか」
「は、はい」
「分かり、ました」

 ぎこちなく応じたふたりが、アランに連れられて席に着く。

「ジョエルは雑貨屋の仕事を継ぐつもりかね?」
「は、はい。オレは長男だし、弟を食わせていかなきゃいけないんで。
 …いつかはでかい店を持ちたいなあとは思うんすが…」
「へえ、あんたそんな事考えてたんだー」
「わ、悪いかよ…」
「ふふ、男なら誰しも夢は大きく語るものさ」

 そんな話を聞き流しつつ、メイドからワゴンを預かってリーファが紅茶を淹れる支度をする。
 下準備は済んでいるようでカップとポットは温かくなっていた。ポットに人数分の茶葉を入れ、ケトルの熱湯を注いでフタをしておく。

「しかし城下の殆どが土地が埋まっているから、広い店を持つのなら郊外に建てる事になるだろうな」
「空き家とかダメなんですかね。大通りにある廃屋なんて、立地も広さも丁度いいんすけど」
「廃屋?」
「ヴァッカ、っていう人の家なんです。一応、同窓の家なんですが…。
 六年前…だったと思うんですけど、急にあの家に住んでた人達がみんないなくなって…」

 リーファは、蒸らし時間を数えながら菓子類を確認する。
 チーズケーキのようで、円柱状で下からタルト生地、黄色がかった白、ピンク、真っ赤なケーキが層となっている。更にその上にルビーのような真紅のゼリーが添えられていて、見た目にも美しい。

(そういえば、マクシムさんが新作のケーキに挑戦してたっけ…)

 初めて見るケーキを見下ろし、これがその新作だと気づく。温度管理が大変だと料理長が頭を抱えて嘆いていたが、どうやら完成したようだ。

「同窓の家族が集団失踪とは………相当騒がれただろうに」
「わたしは、別にいなくてもいいと思ってましたけど。あんなやつ」
「オレは、あいつらとは別グループだったんで…。
 でも親があくどい事やってたみたいで、恨まれてたんじゃないかって話もあったんすよ」
「なるほど。親子ともども憎まれる事をしていた訳だ」

 生まれも育ちも容姿も全然違う三人だが、意外にも話が弾んでいるようだ。