小説
夫婦の真似事の果てで
「そっちはね………仕方ないよ。流行病だったんだから。
 でも、母さんが特効薬になる薬草を持って来れなかったら、もっと人が亡くなってたかもしれないし」
「それは…もしかして五年前の疫病の話か?」

 アランの問いかけに、リーファは穏やかな表情で頷いた。

「…母は診療所に務めていたんですよ。
 薬草に詳しくて、植物の事を色々教えてくれました。
 疫病が流行りだした当時、特効薬になりえる植物を見つける事には成功していたそうなんですが、取り寄せが難しいものだったそうで。
 群生地を知っていた母が独りで摘みに行ったそうなんです。
 …母も、病にかかっていたんですけどね。
 採集して戻ってきた時には薬も効かない程衰弱していて…そのまま。
 あの時はとても悲しかったですけど………でも、母らしいなって」

 ◇◇◇

 あの時の事は、今でもよく覚えている。

 リーファが学校から帰ってきた時、前日から体調を崩してベッドに臥せっていた母マリアンが家にいなかったのだ。
 診療所のニコラスに聞いても『心当たりはない』と言われてしまって。

 そして夕方、日が暮れる少し前になって帰って来た母は、顔色も真っ青で息も絶え絶えだった。
 だが朦朧としていながらも、母は背負っていたカゴを託してきたのだ。

 そこから半日が、とても長く感じられた。
 カゴには大量の植物が入っていて、意識のない母からカゴを脱がすのに苦労して。
 カゴを抱えて診療所のニコラスを訪ねたら、その植物についてしつこく聞かれて困り果ててしまい。
 何とか事情を話してニコラスと一緒に家へ戻ると、母はその場で喀血して動けなくなっていた。

 診療所の人達にはとても世話になった。母をベッドに運んだり、交代でつきっきりで看病をしてくれて。
 でも。
 二日後、母は静かに息を引き取ったのだった。

 ◇◇◇

「そう、だったか…」

 目を伏せ物憂げにアランは相槌を打つ。カーリンとジョエルも、気まずそうに黙り込んでいる。
 周りはこんな雰囲気だが、リーファは、ふふ、と微笑んだ。強がりでも空元気でもなく、アランに告げる。

「そんな顔をしないで下さい。私はそこまで悲観的に考えてないんですから。
 病める人の為に尽くした母が、最後までその在り方を貫いたんです。
 むしろ美談ですよ?これ。
 母の薬草のノートは診療所に預けていて、今でも役に立っていると聞いています。
 母の遺した知識が生きている人に引き継がれているんですから、きっと母も喜んでます」

 そう補足してはみたが、三人の反応は薄い。リーファは笑顔のまま、両手を叩いた。

「何だか湿っぽい話になってしまいました。ね、別の話にしましょうか?」
「あ───それならオレ、聞きたい事がある」

 声を上げたのはジョエルだった。
 まさかジョエルから話を振られるとは思わなかったから、ほんの少し動揺してしまう。カーリンもアランも、不思議そうにジョエルに顔を向ける。

「うん、何?」
「話が戻るんだけど、さ。
 側女って、陛下の子供───お子様を、産むのが仕事なんだよな?」
「う、うん。そうね」
「なら、お子様が産まれたら、お前はその後どうすんだ?」
「それは…」

 唐突に問われ、リーファの言葉が詰まる。

 側女としてのルールは、任じられた時にヘルムートから教えられている。求められる仕事、正妃と側女の序列、弁えなければならない事。
 だから答えられない訳ではないのだが、それをジョエルに答える理由が思い当たらない。それに。

(その話は、アラン様がいる場で出して欲しくなかったんだけどな…)

 アランを横目で見て、あの日の夜の事を思い出す。

『もう、私を………置いて、行くな…!』

 そして今日まで続いているリーファへの執着を考えると、アランにとって繊細な話題になるのではと思ったのだ。

(でも、ジョエルがそんな事情を知ってるはずもないし…)

 嫌な雰囲気に鳥肌が立ってしまい、リーファは腕を引き寄せた。
 この空気をカーリンも感じ取ったのだろう。慌ててジョエルに文句をつける。

「ちょっとジョエル!不躾で───」
「側女の任期というものは、定められていない」

 カーリンの言葉を遮るように、アランが語り出す。
 この場ではアランとリーファしか答えられない話だから、リーファが答えなければアランが言うしかないのだが。
 こちらから話すべきだったのかどうかと考えあぐねているうちに、アランが抑揚のない口調で続ける。

「私が側女の任を解けば、その時点で側女ではなくなる。
 あるいは、私が王位を譲ったタイミングで側女の任が解かれる。
 任の解けた側女が城に留まる事は許されない。
 戻る家がある貴族の娘などは実家へと戻るだろうが…ない娘は、まず住まいを探す事になるだろうな。
 それなりの報奨金は渡すから、当分は金に困る事もないだろうが」
「そ、そう…なんすね」

 リーファは困り顔を向けているしカーリンには睨まれるしで、さすがに場の雰囲気に気付いたのかジョエルが戸惑っているのが分かる。
 何とか話が逸れないものかと、リーファもアランに言葉をかけた。

「ほ、報奨金を元手に商売を始めた方もいるそうですね」
「ああ。王の側にいれば自然とマナーも身につくから、貴族のメイドとして雇われる者も多いそうだ。
 音楽の才能のある者が、他国で宮廷楽士に転身したケースもあったという。
 あとは…学校に進学する者か。何らかの資格を得ておこうと考えるのだろうな」

 そう答えるアランの表情は一見穏やかそうに見える。笑ってはいないが、怒っても悲しんでもいない。

「…なんか残念。幼馴染が王妃様になれたら、わたしも鼻が高かったのに」

 カーリンもカーリンで厄介な話に触れてくるものだから、リーファのハラハラが治まらない。

「正妃として認められるには条件があるのだよ。
 国内の者を選ぶ場合、爵位持ちか町や村などで権限を持っている者の娘である事。
 王と貴族の繋がりを強める意味で、必要な事なのさ。
 国外から受け入れる場合は、他国の王族の推薦を得た娘であればいい。
 こちらは国同士の結びつきを得る目的がある」
「ああ、それじゃリーファは無理ですねー」
「しかし側女も王から認められた女と言えるから、見合い話も多かろう。
 富貴な身分の者の目に留まる可能性はあるやもしれん」
「あ…はは。そっちは…もうこりごりですねえ…」

 かつて親戚が振って来た縁談話を思い出して、リーファの笑顔も引きつってくる。胃がキリキリしてきた。