小説
夫婦の真似事の果てで
「あ───あのっ。
 お、オレ、陛下に、相談が、あるんですが…っ」

 ジョエルの挙動にさっきから心が乱されっぱなしだ。喉が詰まって気分が悪くなりそうだ。
 まるで愛の告白でもするかのような奇妙な緊張感が伝わってきて、ソワソワとアランを盗み見てしまう。
 アランはしばらく無表情で庶民の青年を見つめていたが、やおら口の端を吊り上げた。

「…ふむ。ここで話すのは躊躇われる内容とみえる。
 ではジョエル、西の庭園の方で話を聞こうか」
「は…はい…っ」

 そしてアランは優雅に、ジョエルはおたおたと席を立った。

 ふたりの雰囲気を見るに、どうやらリーファとカーリンはついて行っては駄目な話らしい。要は聞かれたくない内容だという事だ。
 そして奇妙な事に、ジョエルの”相談”をアランは何となく理解しているようなのだ。
 つい先程初めて会ったばかりの国王と庶民という間柄で、同性である以外は特に共通点のないふたりが、一体何を話す事があるのか。

(何かあれば、多分ヘルムート様がフォローして下さるだろうけど…)

 ふたりを引き合わせるきっかけを作ったリーファとしては気が気でない。

 アランはテーブルに沿ってぐるりと周り、椅子に座っていたカーリンに近づいた。

「カーリン。残りの時間、リーファとの茶会を楽しんでいってくれ」
「は、はい。貴重なお時間、ありがとうございました」

 カーリンが慌てて席を立ち、頬を赤らめながらアランが差し出す手を握り返す。

 握手を終え、ジョエルと一緒に部屋を出ようとした時、席を立って成り行きを見守っていたリーファにアランが声をかけた。

「リーファ」
「は、はい」
「今日は”家”で待つように」
「か、かしこまりました」

 変に仰々しく首を垂れると、アランが視界の外で苦笑したようだった。
 ふたりが出て行って、扉の閉じる音が部屋に響き、ほんのしばらく沈黙が広がった。

 ◇◇◇

 どれほど経っただろうか。
 リーファとカーリンが閉ざされた扉を見つめ、やがてそれにも飽きて互いに顔を見合わせると、緊張の糸がプツンと切れる音が聞こえた気がした。
 一気に疲れが押し寄せて、へたり込むようにカーリンが椅子に腰を落とした。テーブルに突っ伏して唸り声を上げる。

「つ………つかれたぁ………っ!」

 カーリン程ではないにしても、リーファも先の会話は神経を尖らせていたから内心ほっとしていた。
 椅子に座り直し、すっかりぬるくなった紅茶を口に含んで喉を潤す。

「せっかく来てくれたのにごめんね。まさかこんな事になるなんて思わなくて…」
「リーファ…あんた…随分落ち着いてるのね…」
「落ち着いてないってば。ただ…」
「ただ?」

 疲れには甘い物が良い。食べかけのケーキをもぐもぐ頬張りつつ、リーファは続けた。

「諦めって、結構大事だなって」
「…あんたも苦労してんのね」

 カーリンも体を起こし、紅茶をすすっている。

「でも良かったじゃない。陛下から激励されるだなんて」
「そう、そうよ。まさか陛下直々にお言葉を頂戴できるなんて、よ…!
 父さんに何て自慢しようかなふふふ」
「陛下の御期待に添えるように、勉強頑張ってよね」
「当たり前じゃないのよ家帰ったら猛勉強してやるわようふふふふ」

 にんまり顔でフォークをケーキに突き刺し、ぐりぐりと回すカーリン。せっかく綺麗な形を留めていたケーキがどんどん酷い事になっていく。

 喉が潤い甘い物で心も満たされて、リーファは物憂げに部屋の扉を見やった。アランとジョエルの事が気がかりだ。

「ジョエル…一体何を相談しに行ったんだろう…?」
「そりゃあんたの事でしょ?」
「…はあ?私?」

 間髪入れずにカーリンから教えられ、リーファは怪訝な顔をした。

「ジョエルはあんたの事好きだったからねえ…。
 大方側女?の仕事を辞めさせられた後、自分が引き取るような話でもするんじゃない?」
「は?え?ちょ?うん?」

 過去のジョエルとは結びつかない情報が降ってわいて、リーファの頭の整理が追い付かない。
 頭を抱えて首を傾げるリーファに、カーリンが順を追って説明をしてくれる。

「割と結構昔から、ジョエルはあんたの事が好きだったんだって。
 あたしと付き合いだしたのも、リーファと接点が欲しかったからだったらしいの。
 あんたが学校辞めちゃった後、あたしと一緒にいる意味がなくなったから別れたんだってば」

 アランもジョエルもいないし、久しぶりの幼馴染がいるから当然気持ちが大きくなる。学生時代のノリでつい大げさに反応してしまう。

「…はーあ?なんなのそれ。カーリンを何だと思ってるのよ。失礼すぎ」
「ふざっけんなって、あたしも思ったわー。
 …まあ、あたしも男は顔じゃなくて頭だなって勉強したし。
 彼氏っていうか男友達みたいな付き合い方だったからそこまでショックでもなかったんだけど」

 カーリンはまぜこぜになったケーキを口に放り込んで美味しそうに咀嚼し、紅茶をぐいっと一気飲みしてカップソーサーに置いた。目をキラキラさせて、テーブルに身を乗り出してくる。

「でさ、こっからはあたしの想像なんだけど。
 そもそもお城って、あたし達みたいのが気軽に出入り出来る場所じゃないじゃん?
 そんな所でリーファが王様の愛人やってるっておかしくね?って思ったんだと思うのよー。
 何か弱みを握らされたとか、借金の形に売られたとか、そんな苦労があったんじゃないかってさ。
『何てかわいそうに!オレが何とか金を工面して、身請けしてやるから待ってろよ!』みたいな」
「ないなあ」
「えー?」

 即座にリーファに否定され、カーリンが抗議の声を上げてくる。
 リーファも残った紅茶を飲み干して、反論した。

「ないない。ジョエルの性格じゃそれはない。
 って言っても、別にジョエルの何を知ってる訳でもないけど…。
 だって、私があのバカに苛められてた時、彼見て見ぬふりしてたのよ?
 それが陛下相手なら何とかしてやれるだなんて。そんな訳ないでしょ。
 だったらあの時に助けてよ、って話よ」
「でもあのアホよりかは、王様の方が話は通じると思うんだけどなあ」
「あのクズと比べるなんて陛下に失礼よ。
 ………………でもそうね。
 カーリンの推理、ジョエルの話はともかく他は大体合ってるのよね…」

 そう言ってリーファは唇を尖らせた。勝負をしている訳でもないのに、何故だか微妙に悔しい気持ちになる。
 確かに庶民が城勤めなど、よほどの理由が必要になるだろうから、お金絡みと考えるのはおかしい事ではないのだが。

「………………………。一人暮らしって、やっぱり大変なの?」

 どうやら先の物言いで、リーファが借金の形に売られて城入りしたと思われたらしい。慌てて弁解した。

「あ、いや。そういうんじゃなくてね。
 伯母さんの家からの厄介事で、結果的に陛下の手を煩わす事になっちゃったもんだから…」
「ああー。それが理由でここに来た訳でもないって事ね。
 ………伯母さんって、あのプラウズの伯母さんよね?
 前から聞いてたけど、ほんっとロクな事してないよね」

 腕を組み、嫌悪を顔面全体で表現してカーリンが唸る。