小説
あなたがいない城の中で───”商売上手はチラシを添えて・1”
 ───パン、パン。

 場のピリピリした雰囲気を払拭するように、リャナは両手を叩いてシェリーに器を紹介した。

「まあ、そんな事はどうでもいいんだー。
 ねえシェリーさん、頼まれてた『滋養のあるもの』はこちらになりマス。
 どうぞお納め下さい」

 リャナに促され、シェリーが笑顔でテーブルに近づいてきた。

「あら、どうもご丁寧に。
 …宝石のようにキラキラしていますけど、こちらは?」
「”星の琥珀糖”っていう砂糖のお菓子です。
 そのまま食べてもおっけーだけど、あたしはサイダー入れたグラスに一緒に入れるかな。
 溶けないし、見た目がキレーだからおしゃれなんだよね」

 説明を受けている内に、アランはおずおずとソファの奥側に身を寄せた。一人分の席を空けると、目を逸らしながらシェリーに声をかける。

「…シェリー、かけたらいい。立ち話は無粋だろう」
「お心遣い痛み入りますわ、陛下」

 自分の主人に優雅に首を垂れ、シェリーはソファの空いた場所に腰かける。

「一つ頂いても?」
「どーぞどーぞ」

 リャナから許可を得て、シェリーは器の封を切って琥珀糖を手に取った。

 赤、青、黄、緑───色とりどりの砂糖菓子は、透かして先が見える程の透明度がある。ほんのり色むらがあるのも風情を感じさせ、不揃いの形状は原石を思わせた。

 少し荒れた親指と人差し指でつまんだ琥珀糖は、吸い込まれるようにシェリーの口の中に入っていった。ゆっくりとゆっくりと、時にちろりと舌を出し、色気すら醸し出してそれを咀嚼している。

「…不思議な食感ですのね。外はカリカリ、中は…少しかたいゼリー、かしら?」
「カンテンっていう海の…草?に砂糖を足して作るんだって。
 で、それに栄養価を高める生薬を混ぜたり、宝石っぽい見た目のまま乾燥させたり、食感にシュワシュワ感を出してみたりして、色んな人に食べてもらってるんだ」
「ああ、それでこちらの紙が…」

 シェリーはテーブルに置かれたアンケート用紙を手に取って、表裏を確認しながら頷いている。

「試供品だからお代はいらないよ。代わりに、感想いっぱい書いてくれるとうれしいな」
「ありがとうございます。
 折角なので他のメイド達にも食べてもらいましょう。休憩室に置いておきますわ」

 甘い物を口にして少しは気分が晴れたのか、シェリーは顔を綻ばせ器のフタを閉じた。

 リャナは、あ、と声を上げて席を降り、バックパックを開けて中から三枚の平たい小袋を取り出した。大きさは手のひら大。袋の表面には、コミカルな画風で肌の手入れをしている女性の顔が描かれている。

「それとシェリーさんには、こちらの美容液パックをプレゼントです」
「まあ」
「寝る前に顔につけて、そのまま朝までつけっぱでお肌ツヤツヤ、っていうすぐれものなのです。
 明日大事な用事がある!って時に使う子が結構多いんだー」

 目をキラキラさせて、シェリーがパックを手に取っている。頬に手を当てて、悩まし気に溜息を吐いた。

「最近肌荒れが気になっていたので………こういうのがあると助かりますわ」
「一回使いきりだから、試しに使って良さそうだったらご注文をどうぞ」
「こんなにも色んなものを頂けて、何だか申し訳ありませんね」

 その言葉にリャナの目がキラリと光ったか気のせいだったか。

「そのもうしわけない気持ちを利用するのがリャナちゃんなのです。ふふん」

 ぱしーん、と、どこか堂々と誇らしげに、手に持っていた一枚の紙をテーブルに叩きつけた。
 どうやらチラシらしい。素肌を晒した女性の絵と、『永遠の美をあなたに』というフレーズが目に留まる。

 きょとんと目を瞬かせ、シェリーはリャナに問いかけた。 

「こちらは?」
「出張脱毛サロンの紹介だよ」
「出張…脱、毛?」
「すね毛、わき毛、指毛とか、全身の毛を無くして、生えなくさせる処置をする出張サロンだよ。
 一度やっとけば、もう二度とカミソリ負けに苦しみながらムダ毛処理しなくてもいいのです!
 処置の直後はちょっとヒリヒリするけど、数日でそれもなくなるんだー」

 シェリーはチラシを持ち上げ、裏側も見ている。どうやら脱毛出来る部分の紹介や、料金が載っているようだ。
 一通り内容を確認して、ふと思う事があったのだろう。リャナに問いかけた。

「…もしかして、下の毛も?」
「もちろん。希望があれば、前から後ろまでつんつるてん」

 ほお、と感心した様子でシェリーが溜息を吐いた。

「いいですわね………清潔感も保てますし、肌を傷だらけにせずに済みますもの」

 そして改めて、チラシの内容を隅から隅まで確認している。

 あまりに熱心にシェリーが見ているものだから、ついアランも気になってしまう。チラシはシェリーが見ているから、代わりにリャナに問うた。

「…男も出来るのか?」

 アランの質問に、リャナは意外そうに顔を向けてきた。すぐに、は、と我に返り、バックパックからもう一枚同じチラシをアランに差し出す。

「できるよ。男の人も女の人も。
 赤ちゃんにやるのはダメらしいんだけど、あたしくらいの年齢の子でもやってる子はやってる。
 意外と年配の人に多いかな?寝たきりになっちゃった人に最初にする事があるらしくって」
「下の世話をする際、毛に汚物が絡まる事もありますものね。
 衛生面を考慮しても、介護者の負担を減らす面でも、必要な工夫ではありますわ」

 チラシの流し読みをしながら、口を挟むシェリーを盗み見る。

(そういえば、先王の世話はシェリーの役目だったな…)

 かつて先王が病に伏した時の事を思い出す。

 先王に施した生命維持装置での延命は、この国では禁忌にあたる魔術だった。
 故に口外を恐れたのだろう。シェリーは文句も言わずに、体の洗浄、排泄物の処理、床ずれの防止など、独りで先王の世話を続けたのだ。
 シェリーの言は、その時の苦労から来るものだったのかもしれない。

「お値段はちょっと高めだけどね。
 フルオプションでこの国の通貨だと…八千オーロ位かな?」
「メイドの初任給の四倍ですか………やはり少し高いですわね………。
 しかし、一生に一度の施術で済めば…と思えば、安いと言えなくもないのかしら」

 値段の高さに悩ましげに唸るメイド長を眺め、リャナは不思議そうに質問してきた。

「…この国って貧乏なの?お城のメイドさんってもうちょっともらってるイメージだったけど」

 そのあまりにも直球な問いかけに、シェリーは一瞬渋い顔をした。

 元々交流などあるはずもない魔物の国だ。貨幣価値にどれほどの差があるかなど知る由もないが、リャナの言葉から察するにラッフレナンドよりは給料が良いのかもしれない。
 リャナに提示される商品の性能の高さは目を見張るものがあるが、その高額さに購入を躊躇う事もあるのだ。