小説
あなたがいない城の中で───”商売上手はチラシを添えて・2”
「…城のメイドは、税金が全額免除なのです。
 王城での食事は基本無料ですし、制服は下着に至るまで無償で提供しています。
 寮の家賃、医療費、交通費、保養施設の利用なども、基本国負担なのですよ」

 この国での仕組みを説くと、リャナは合点がいったらしく感嘆の声を上げた。

「ああ、なんだー。よっぽど個人的な買い物じゃなきゃ、大体国がお金出してくれるんだ。
 その上でのお給料、と。それならまあ、ありなのかな。
 …うちのトコは色んな種族の魔物がいるから、制服の統一とか難しいんだよね。
 幽霊系は住処なくてもいいから住民税ないし、羽根生えてる魔物は交通費割安だし。
 コカトリス種なんて、飛べないのに交通費安めにされちゃうから、『見た目で分類するなんて不公平だ!』って言ってるの、よく聞くよ」
「な、なるほど………複数の種族を取り纏めるのも大変ですのね…」

 頬を引きつらせながらシェリーが相槌を打っているのを眺めながら、アランはアランで別の事を考えていた。

(コカトリスに金銭感覚があるのか…)

 コカトリスと言えば、尾が蛇頭になっている雄鶏の魔物だ。
 ドラゴンの翼を持っている個体もいるというが、基本的に跳ねる事はあっても飛行する事はないと言われている。言わずもがな人語を介さない類の魔物だが、交通費の事で訴えているのであればコカトリス種も貨幣制度が設けられている事になる。
 魔王城にいた魔物は何となく会話が通じそうな者達ばかりだったが、場合によっては獣に近い魔物との交流もあり得たのかもしれない。

「シェリーさん、脱毛やってみる?」

 商機と判断したか、リャナが食い入るようにシェリーに訊ねている。シェリーはやや躊躇ってはいたが、意を決して頷いた。

「…そうですね。肌はいつまでも綺麗でありたいものですから、物は試しにやってみますわ。
 良さそうなら、部下にも勧めてみましょう」

 はつらつとリャナが笑顔を浮かべて、持っていた用紙をテーブルに差し出した。

「毎度!んじゃあ、この申込用紙に記入をお願いします。
 場所はお城でいいのかな?人が三人くらい寝っ転がれる広さの空き部屋があるといいんだけど」
「3階は空き部屋だらけですから、どこか適当に確保しておきますわ。
 お時間はどれほどかかるのかしら?」
「脱毛する範囲にもよるけど、長くても二時間くらいかなー?
 でも、処置から丸一日は肌が赤くなりやすいから、できればその後も安静にしててほしいな。
 日時を指定してくれれば、担当の子と一緒にここに来るから。
 …んじゃ、ここに名前と、ここに日時、脱毛したいところの指定はここに書いて───」

 手慣れた様子でてきぱきと申込用紙に書き方の説明をしていくリャナ。
 渡されたペンを手にシェリーが必要事項を書いていく中、リャナがアランの方に向き直った。

「んで、王様」

 まさか自分にも声がかかるとは思わず、不意に我に返ってリャナの方を見やる。

「ん、あ?なんだ」
「リーファさんもどうかなって思ったんだけど、やる?」
「そうだな………ふむ」

 手元のチラシを改めて見下ろし、思案に耽る。

 リーファの場合、体中の産毛は髪の毛同様茜色だ。髪に比べれば幾分か薄いが、生やしたままにしておくと肌の色がくすんで見えるらしく、毎日欠かさず全身の毛の処理はしているようだ。
 殆ど自分で手入れをしているようだが、さすがに手が届かない場所はメイド達にも手伝ってもらっているらしい。しかしそう毎日完璧に出来るはずもなく、処理が甘かったりカミソリ負けして傷を作る時もある。

(毛の処理の悩みは男女共通なのだな…)

 自分の事もつい考えてしまう。

 アランは金髪だから、生やしたままでも肌の色味が損なわれる事はないと思っている。そもそもあまり気に掛けた事すらないのだが、衛生面という観点で考えると話は別だ。

(ケジラミの苦労だけは二度とするまい…)

 兵士団時代の事を思い出すと、今も憂鬱になる。

 諸々あって同僚からケジラミを移され、全身の毛を剃り落とす羽目になったのだ。
 移された当時はあの筆舌に尽くしがたい痒みに悩まされ、毛を剃り落とした後しばらくは同僚との間に下らない噂を立てられてしまうなど、アランにとっては踏んだり蹴ったりな忌まわしい思い出だ。

 朝から泥臭い兵士達と肩を並べて訓練を強いられ、夜は酒宴に参加させられ、時には酔った勢いで情事に耽る───そんな毎日を送っていれば、良くないものなどいくらでも貰ってしまう、と思い知らされたものだ。

 王子として認められ王城にいる機会が多くなったここ数年は、そう言った問題は軒並み解消されていた。髪を伸ばすようになったのも、過去の払拭と清潔感の誇示のようなものだ。

 しかし体毛に関しては、アランもこっそり処理をしているのだ。兵士団時代の手入れの癖が抜けていないだけなのだが、リーファには『王族としての嗜み』と誤解させている。

 その手間も苦労も、女性のそれとそう差はないのではないかと思うのだ。
 それがたった一回の処理で解消する。気にならないと言ったら嘘になる。

(しかし全身は勇気が要るな………。
 歳を取った時の事を考えれば、口髭顎髭は残しておきたい所だが…)

 髭はやや清潔感を損なうが、同時に権威の象徴でもある。歳を取るとどうしても頬がこけてくるものだから、威厳を保つ為に髭である程度隠す必要が出てくる。

「…王様って毛深いのが好きな人?」
「いいえ。陛下は剃った滑らかな肌がお好きなのです。
 …しかし、剃り残しを指摘して恥をかかせるのも好まれます。
 脱毛してしまうとそれが出来なくなるので、そこを悩まれているのでしょう」
「え、きもちわる」

 長く考え込んでしまっていたのか、リャナとシェリーの見当外れな会話が耳を掠めた。

「…そこ、うるさいぞ」
「あら、失礼致しました」

 じろりと睨んで凄んでみせたが、シェリーは、ほほ、と笑っているだけだ。リャナも肩を竦めて素知らぬ顔をしている。
 何にせよ、処理をしてみて満足の行く結果になるかはこのチラシだけでは判断が出来ない。そう思ったから、アランは溜息と共にリャナに答えた。

「リーファに相談する。保留にしておいてくれ」
「ん?うん。良いけど………」

 アランの返答にリャナが怪訝な顔をしている。首を傾げ目を逸らした魔物の少女からは、釈然としない様子が伝わってくる。

「何か文句があるのか」
「…ううん。王様のことだから、リーファさんの意見なんて聞かないと思ってたから…」
「シェリーの結果を見てからでも良いのだろう?具合を見て良さそうならやらせるさ」
「…ふうん。ま、そういうことにしときましょ」

 顎に指を添えてちょっと気取った笑みを浮かべた少女は、そう自分に言い聞かせているように見えた。

(…なんなんだ)

 リャナの言動を訝しげに眺めるが、少女の表情からは何も読み取れそうにない。

「代金は前払いで良いのかしら?」

 申込の控えを確認していたシェリーがリャナに声をかけると、少女はいつもの愛想の良い笑みに戻した。

「ううん、当日払いでいいよ。一括でも分割でもぜんぜんオッケー。
 八千オーロでおつりがくるようにしてもらうから、お金の用意だけしてね」
「分かりましたわ、一括でお支払いは出来ると思います」

 うん、とリャナは頷き、申込用紙を大切そうにバックパックへしまった。代わりにカタログを取り出し、テーブルの上へ広げる。

「───さあ、今日のオススメ商品のお知らせはここまで。
 じゃあ、次の注文があれば聞きましょうか?」