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あなたがいない城の中で───”何かが勝手に決まっていた・5”
物思いに耽りかけていたら、書類を見ていたアランが面白くなさそうな顔でリーファに問いかける。
「…それで、そのコボルトはお前の家で何をするのだ」
「あ、はい。リフォームしてくれるんですよ。
何百年も土地を維持しないといけませんから、周りの家と雰囲気を揃えてくれるんです。
追加料金が要る時もあるんですけど、要望があればある程度は聞いてもらえますし。
キッチンの床下収納は私がお願いしたんですよ?あの家、長期保存出来る食材を置く場所が少ないんですもの」
「…今まで魔物かグリムリーパーしか使ってなかっただろうからね。
人間が長期間住むとなると、また勝手が変わっちゃうだろうから」
ヘルムートの理解を得た所で、もう見る必要はないだろうとリーファは書類から手を離す。紫色の光文字が霧散し、元の契約書に戻って行く。
ようやく腑に落ちたようで、アランは腕を組んで溜息を零した。
「あそこからの侵攻の可能性は低いと見ていいのか…」
「侵攻したいなら、あんな隅っこの土地は買わないと思いますね。
擬態の制限もかかってしまいますし、侵攻に失敗したら使えなくなってしまいますから。
…そもそも、城の真ん中に一瞬で飛んでこれるような方があちらにいるのに、ちまちま外側から侵攻する理由があるかは分かりませんけど…」
「「う…」」
アランとヘルムートが同時に呻き声を上げた。かつて魔王が城の目前まで来た事を、ふたりも思い出したようだ。
特に色々あったアランとしては、そこをほじくり返されると嫌な気分にでもなるのかもしれない。早々に話を切り替えてきた。
「…ま、まあいい。そこは不問にしておいてやる。
それで、この莫大な売却額について何か聞いているか?」
「そ、そうだよ。魔物側のお金?貨幣価値どうなってるの?」
リーファはヘルムートの質問に少し考え込んだ。出来るだけ分かりやすく答えられるよう、まずはっきりした部分から話していく。
「ん−とですね…そこなんですけど…。
このお金は魔物側のお金じゃないそうです」
「では?」
「父が言うには、これは革命当時地方にいた魔術師達の財産の総額だったそうです」
案の定、アランもヘルムートも怪訝そうな顔をしている。
「ん???どういう、事?」
「ええっと………このグレモリー=ラウムという方は、財宝を探し当て盗み出す力があるとか。
新たな国が出来上がる予兆を感じたグレモリー=ラウムは、地方にいる魔術師達の財産を盗んで周り、その話を伏せつつ土地代として王に支払ったらしいです」
リーファの説明に、アランの表情が険しくなっていくのが分かる。
「魔術師達によって荒廃していたのではなく、グレモリー=ラウムとやらが一枚噛んでいた、と…?」
「どういう過程でかつての国が荒廃したかは分かりませんけどね。
でも、魔術師達も当時のラッフレナンド王も慌てたでしょう。
いきなり全財産が消えた魔術師は、服従するか逃亡するかどちらかしか出来ないでしょうし。
ラッフレナンド王は、魔術師達の財産をアテに出来なくなってしまって…。
…魔術師の駆逐は楽に出来たでしょうけど、魔術師達からしたらとんだ災難だったでしょう」
「そういう、カラクリがあったのか…」
神妙な様子でアランが視線を落とした。
(全くもう…変な事考えるんだから…)
リーファは、自分が正妃になれるはずはないと思っている。
父親は人間ではなく、母親も家系を辿れば貴族に詐欺を働くような庶民。
護身の為とは言え魔術の心得もあると知られてしまっているし、ラッフレナンドで生活するのも躊躇われる経歴だ。
しかしアランはそこを加味した上で、リーファを正妃に出来る要素を探したのだろう。
アラン自身が、楽をする為に。
だが、リーファの実家は魔物が絡んだ土地で、要素になるとは言い難い。
リーファが行ってきた解呪や除霊は、正妃の要素としてはあまりにも心許ないだろう。
(これで諦めてくれるといいんだけど…)
リーファは両手を合わせ、出来るだけ可愛らしくお願いをするようにアランに説いた。
「ね?あの土地は曰く付きなんですってば。きっと細かく調べれば色々ボロが出てくるはずなんです。
側女として側にいるのだって、アラン様の迷惑にならないか気が気でなくて…。
そんな所に住んでる私なんて、全方位からケチがついちゃいますから。…ね?」
しばらくの間、執務室に静寂が広がっていく。
リーファは懇願の姿勢のままアランの言葉を待ち、ヘルムートは何か察した様子でアランを見下ろしている。
二人が見守る中その答えを求められていたアランは、やおら顔を上げ半眼でリーファを睨んだ。
「…リーファ」
「は、はい」
「手段など他に幾らでもある。今回は、手が一つ潰れただけの事だ。
───精々覚悟しておけ。私の最大の悦びは、お前が正妃になる事なのだから」
アランの頑なな性格、ヘルムートの表情から、その決意表明は既に決定事項だったのかもしれないが。
変な方向に舵を切ってしまった自分の王に怯み、リーファはヘルムートについ助けを求めてしまった。
「ヘルムートさまぁ………あんな事言ってるんですがぁ…?」
ヘルムートもまた、目を伏して憔悴していた。
アランの我が儘をいなし何度も見合いの準備を続けてきたヘルムートとしては、この宣言は今までの努力を打ち砕くのに十分過ぎるだろう。
「ん、頑張って…」
すっかり心に致命傷を受けたヘルムートは、死人のように安らかな面持ちでリーファにエールを送ってきた。
しかし頑張れと言われても、リーファに出来る事など何も残っていない。
「アラン様もヘルムート様も………私にどうしろって言うんですか…もう…」
魂の抜けたような顔をしたヘルムートと、ギラギラした目で嗤っているアランを背に、リーファは静かに顔を覆った。
- END -
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