小説
古き世代を看取って
 アランの求婚から一週間が経ったラッフレナンド城執務室では、今日もリーファがアランの膝の上で説得に当たっていた。

「もうっ、いい加減にして下さいっ。
 メロン級なお胸の女性でも、小振りでまろみのあるお尻の女性でも、むっちり柔らか撫でまわしたくなるおみ足の女性でも、アラン様なら選びたい放題なんですよ?
 もうちょっと頑張ってみましょうよ。次は素敵な女性に巡り合えるかもしれないじゃないですか」
「見た目など、歳を重ねればどれも衰えていくものだ。
 というか、面倒臭い。お前でいい」
「でって………こんな所で妥協しないで下さい!」

 一国の王から求婚されるなど、恋に生きる世の女性であれば胸をキュンキュンさせて大喜びするかもしれない。しかし、アランが抱えている問題を痛切に理解しているリーファは、そんな呑気に事を構えていられない。

 リーファは顔を真っ赤にして自分の主を睨み上げるが、アランはニヤニヤしながらリーファの頭を撫で、額にキスを落とすだけだ。

「お前が正妃になる努力をすればいい。
 より一層手柄を立て、爵位を得て、私の下へ嫁ぐ。これで万事解決だ」
「女性の爵位持ちはラッフレナンドでは認められていません。
 仮に爵位を貰えても、領地もセットなんですからそっちの管理をしないといけないじゃないですか。
 アラン様の所へ嫁ぐなんて無理無理無理ですっ」
「…では、余所の国で要職に就かせるか。
 ヴィグリューズ国なら、ブリセイダが工面してくれるだろう」
「要職就いてすぐラッフレナンドに戻されたら、ブリセイダ様にご迷惑がかかるじゃないですか。
 というか、ブリセイダ様なら絶対こっちに帰してくれませんよ?」
「………よく考えれば、お前はグリムリーパー王の孫娘ではないか。
 世界中の魂を管理する王など、下手をすれば聖王に匹敵する高貴な身分と言えるのではないか?ならば───」
「ラダマス様と国交なんて築ける訳ないじゃないですか!!」
「…むぅ」

 思いつく限りの案が悉く却下されてしまい、アランは渋々と言った感じで閉口している。

 ───かつては人を寄せ付けない酷薄さを放っていたこの美貌の王が、最近になってようやく柔和な雰囲気を纏うようになった。
 下々の者にも気さくに話しかけるようになり、冷たくしていた側女のリーファにも優しく接するようになった。
 元々、人を良く見る性分なのだろう。リーファを女性として丁寧に扱う光景が評判を呼び、見合いの打診は以前と比べて格段に増えていた。

 そんな矢先だ。庶民のリーファを、正妃に迎えたいなどと宣ったのは。

 ラッフレナンドの国王として高貴な令嬢を正妃にして、国を盤石にしてほしいと願っていたリーファは、目の前が真っ暗になったものだ───

 リーファはやりきれない思いで鼻息を荒くした。視界がじわ、と歪んできて、アランを見上げていられず目線を落とす。

「…もうちょっと…もうちょっとだけ、頑張りましょうよ…。
 国を大切に想ってくれて、アラン様を支えてくれるような女性は、きっといるはずなんですから…!」

 今までを台無しにしかねないアランの言動に悲しみが込み上げてくる。アランと険悪なままが良かった、などとは決して思わないが、リーファ自身が国王としての責務の障害になっては意味がない。

 しかしアランは、俯き押し黙るリーファを憮然と見下ろし、ぽつりと釘を刺してきた。

「…嘘泣きは無駄だぞ?」
「………ちっ」

 指摘を受けて、舌打ちと共に涙が引っ込んでしまう。腹を立てての涙は、嘘泣き扱いになってしまうようだ。

「…お前、今『ちっ』と言ったか?」

 王に対し舌打ちをするなどという不敬極まりない態度に、さすがのアランも眉根を寄せた。

 アランの膝の上で寛いでいる時点で不敬もへったくれもないが、さすがに態度が悪すぎたとリーファは自覚する。
 しかし、ここで頭を下げたらアランが調子づいてしまう。リーファは罰されるのも覚悟しつつ、アランに噛みついた。

「い、言いましたよ?ええ言いました。
 舌打ちくらいしたくもなりますよ。私は、アラン様にそんな事言わせたくて側女やってるんじゃないんですから。
 怒ります?もう怒って下さい。罰して下さい。城から追い出して下さい。
 こんな、庶民で、人間的に半端もので、魔術師な私じゃあ、迷惑しかかからないんです!
 アラン様は、もっと、素敵な、女性と───」

 アランの表情の変化に気付き、口喧しくしていたリーファは徐々に声を失っていく。

 彼は、真っ直ぐにリーファを見つめていた。
 肩をすぼめ、眉尻を落とし、口元を引き締めて。
 深い藍色の瞳をわずかに揺らし、とてもとても悲しそうな声音で、アランは何とかその言葉を絞り出す。

「駄目…か?」

 くら、と目眩がした。同時に、もや、とした感情が背中を駆け巡った。
 アランのそのしゅんとした姿が、あまりにもそれに似過ぎていた。
 だからこそ無性に腹が立ち、リーファは目を剥いてアランに吠えたてた。

「そんなっ…そんな、捨てられた子犬みたいな目をしたって誤魔化されないんですからねっ?!」
「ふっ、はははははははは」

 哀愁すら漂わせていたのは何だったのか。アランは途端に機嫌を良くして、肩を震わせて大笑いをしている。

「むうぅぅぅう…!!」

 結局揶揄われているのだと思い知り、リーファは頬を膨らませてアランから顔を背けたのだった。