小説
古き世代を看取って
 ふたりのやりとりをそこそこ呆れた様子で見ていたヘルムートだが、恐らくアランの戯れは早々に終わると踏んでいたのだろう。すぐに話を切り替えてきた。

「リーファ、君はこの城のシステムとやらを読み解けるんだろう?
 何とかこっそりやる…っていうのは出来ないのかな?」

 ヘルムートの問いかけに、リーファは渋い顔をした。何度も考えた事だが、結局答えは一つしかない。

「無理ですね…。システムを構成するソースコードは城のあちこちに散らばっていて、まだ全部は把握出来てなくて…。
 ひとつ手直しすると、他の箇所も直さないと不具合を起こす事があるので迂闊に手が出せないんです。それと…」
「それと?」
「他人が作ったソースコードって、癖が強くて読みにくいんです…。
 師匠の書き方は、慣れてるのでまだ分かるんですけど…ソースコードに混じって、全然関係ない事書いてるのもあるし…。
 謁見の間の東の支柱なんて、ソースコードに模して女の人の裸の絵が描かれてて…。
 拷問部屋の壁には、下剋上ものの官能小説が書かれていたし…」

 頬を赤くして俯くリーファに、アランとヘルムートの同情が降りかかる。

「昔の魔術師は自由だな…」
「…色々大変なんだね…」
「ええもう…。
 と、とにかく、城の状態を万全にするなら全体を知っている師匠の協力は必要で…。
 私達の信用が足りないというのなら、信用のある有識者に立ち会ってもらっても構いません。
 …技術の流出は良くない事なんですが、四の五の言っていられませんから」

 リーファの妥協案に、アランもヘルムートも表情は硬い。魔術師嫌いの国でいきなり魔術絡みの案件が降ってわいたのだ。混乱して当然だろう。
 アランからノートを返してもらい、ヘルムートは顎に指をあて考え込んだ。

「魔術の有識者か…国外を当たらないと駄目だね…」
「魔術と言えばリタルダンド国だが…呪術の騒動を起こした呪術師も、リタルダンド出身だったからな…。
 今相談するのはリスクが高いか」
「そこはまず役人の理解を得られてから、かな。
 オルコット辺境伯みたいに、個人で国外と繋がっている者も少なからずいる。
 城全体を維持しているシステムだ。システム見たさに飛びつく者もいるんじゃないかな」

 ノートに書き込むヘルムートから肯定的な案が出てくれて、リーファは安堵した。ふたりからも否定的な意見が出てしまったらどうしようかと思っていたところだ。

「あと、これは師匠からの提案なんですけど…。
 城を利用していて不便に思っている所があったら、出来る限り対応するそうです。
 湯を使える場所を増やしたいとか、灯りを増やして欲しいとか。
 …見張りの兵士さんに聞いたら、兵士宿舎の地下浴場の使い勝手を気にしていましたので、そこは見直そうかと」
「確かに、地下浴場は閉めきってあるからカビが生えやすかったな…。
 カビ取りは恒例行事のようになっていたものだ。
 それと、あそこは大浴場や王の浴室と違って湯を沸かさねばならんのがな…」

 アランはどうやら利用した事があるらしい。

(そういえば、王族は身分を隠して働く時期があるんだっけ…)

 兵士や役人に交じって王族が働いているというのは何だか不思議な感じだが、その方が庶民の暮らしへの理解が早いのかもしれない。

「師匠が言うには、あそこは元々精製水の製造場だったそうです。
 実験では、綺麗な水が何かと必要になりますから」
「そういう所から賛同を得る事は出来そうだね。うん、そこも話を挙げておこう」

 そこそこ時間をかけてノートをまとめると、ヘルムートはふと気が付いてリーファに問いかけてきた。

「…ねえリーファ」
「はい?」
「リーファは、ここのシステムが近いうちに使えなくなる事を知ってたんだよね?
 でも、僕達にも相談しなかったし…君の口ぶりだと、ターフェアイトにも相談はしなかった。
 国が脅かされるのを嫌う君が何も対策をしなかったのは、やっぱり側女の立場を考えたから?」

 ヘルムートの指摘に、リーファは顎に手を当てて少し考え込んだ。

 システムの一端を知ったのはここ最近の事で、全容は未だ解明出来ていない。仮に分かっていても、時間も資材も人材も不足しているこの状態で、リーファが何を出来た訳ではない。
 魔術師嫌いの国で出しゃばった真似をして罰せられる、という可能性の恐怖もなかった訳ではない。
 勿論アランに相談するだけする、という事は出来たかもしれないが。

「…それもあるんですが…そう、ですね。
 製作者が意図した通りに動いているものに、余計な手を加えるのは野暮かなって思ったんですよね。
 師匠は、私がラッフレナンドから来た事は知っていましたから。
 この城について何かして欲しいと思っていたのなら、きっと教えの合間に話してくれたでしょうし」
「でも特に何も言われなかった、と」
「システムの寿命が尽きてもいいと考えていたのか、私の手は借りないと思っていたのか…。
 どの道、私の介入はあまり考えていなかったのだと思います。師匠も、そんな事を言ってましたし」
「…つまりお前は、ターフェアイトがこの城に来て暴れるかもしれない、と少なからず思っていたわけだ」

 頭上から発せられた指摘に、「う」とリーファの口から呻き声が上がった。
 どこか責めるような言い方をするものだから、つい見上げてしまうと、アランがニヤニヤ嗤っている。

 何か良い言い訳が出てこないものかと考えたが何も出てこない。嬉しくもないのに口の端が吊り上がって、リーファは何とか肯定した。

「そ、そうなってしまいますねぇ…」
「ならば、お前には罰を与えねばな」
「そ、そうですね…。アラン様には、相談すべきだったかもしれません…。
 どうぞ、罰して下さい…」
「ふふん、殊勝なことだ」
「!?」

 満足そうに額に口づけ、アランはリーファを抱えて立ち上がった。そういえばランジェリーを脱がされていたと思い出し、はだけかけた下半身を慌てて手で隠す。

「ん?どこ行くの?」
「今日はこの位で良いだろう?たまには王の寝室も使ってやらんとな」

 ヘルムートにそう答え、アランはリーファに薄ら笑いを向けた。

「寝室についたらたっっぷり可愛がってやろう。
 朝になったらここに戻っていいぞ。
 但し着ている物は全て没収する。兵士を上手くやり過ごし、全裸で戻るように。
 別に王の寝室に残ってもいいが、お前に任じたターフェアイトの監視が出来なくなる。
 その時はまた、罰として今日以上に可愛がってやろう」

 しれっと言われた”罰”に、リーファの血の気が引いていく。

 3階は兵士が絶えず巡回しており、非常時にいつでも駆けつけれるよう訓練しているという。
 2階と4階へ続く階段は二ヶ所あり、どちらも衛兵が周囲を警戒している。二つの階段は目と鼻の先にあり、一方はやり過ごせてももう一方からは見つかってしまう。
 そもそも、4階の王の寝室の前には衛兵が常駐しており、悟られずに抜け出す事は不可能だ。

 要は、『兵士達に裸体を晒しながら部屋へ戻る』か『王の寝室で延々とアランの可愛がりを受ける』か、どちらかを選べと言っているのだ。

 リーファの瞳に涙が滲んだ。

「アランさま………いじわる………!」
「そうでなければ罰にならんからな。
 誠心誠意仕え、私を満足させたのなら、減免もあるかもしれんぞ?」

 リーファは羞恥に染まった顔を手で覆い、アランは上機嫌に嗤い茜色の髪にキスを落とした。

「…ほどほどにね…」

 側女の部屋を出ていこうとするアラン達を、ヘルムートは半眼で見送った。