小説
古き世代を看取って
 午後となり臨時に行われた会議で、ヘルムート達は昨夜リーファから聞いた城改装の話を各官僚に公表した。

 城全体が、魔術のシステムで保護・管理されている事。それにより、今まで魔物の侵入を防いでいた事。
 城の地下にいる魔術師達が動力源となっていて、彼らの寿命が尽きる事でシステムが近い内に停止してしまう事。
 魔女ターフェアイトは、システムを再構築する為に来城した事。
 そして、必要であれば城の改装なども手掛ける、と言っていた事。

 しかし、ヘルムートがそこまで説明すると、間髪入れずに反対意見が噴出した。

「我々は反対です!魔女などに城の改装を任せるなど!」
「気は確かですか?!魔術師王国時代の魔女ですぞ!
 きっと、何かを企んでいるに違いありません!」

『我々』とはどこからどこまでを指すのか分かりかねたが、彼らの顔を見る限り、大部分の者達が渋い顔をしていた。
 恐らく、昨夜のヘルムート達も同じような顔をしていただろう。

「…では、城の機能が停止しても良いというのですか?魔物の襲撃を許しても良いと?」
「そもそも、その話自体が嘘ではないか、と申しているのです。
 わたくしは、少なくとも城がそのような状態になっているなどと、感じた事はありません」

 そう反論するのは司法長官のクレメッティ=プイストだ。彼は黒光りするちょび髭を指先で撫で擦り、不遜な態度で溜息を零す。

「聞けば、魔女は何の見返りも要求していないというではないですか。
 城を万全の形に整え、後々から魔術師達の国を再興する───そう考えている可能性も、否定出来ないではないですか?」

 反論の余地を与えない追撃に、「そうだ」とあちらこちらから野次が飛ぶ。多くの賛同が得られ、クレメッティはご満悦だ。

(魔術師王国再興の話は、前例がなかった訳じゃないからなぁ…)

 呪術師が起こした問題を思い出し、ヘルムートは旗色の悪さをひしひしと感じた。昨日ターフェアイトが起こした騒動に巻き込まれた者もそこそこいるのだろう。魔術師忌避以前に、ターフェアイト自身に悪感情を抱えてしまっている者がいる事が問題だった。

 そんな、官僚らがざわめく中にありながら、はつらつと声を上げた者がいた。

「…魔女の意図は分かりかねますが───この城内の建造物については、思う所がありまする」

 皆の視線を集めたのは、一人の老人だ。

 後頭部から生え広がった長い白髪を三つ編みで垂らし、鼻下から左右に伸びた白い髭は年齢を感じさせる。小柄ながら背筋をピンとただし、その眼光には若輩者を寄せ付けない威圧感を纏わせる。
 ゲルルフ=デルプフェルトは、渋々ながらも威風堂々と言葉を続けた。

「ワタクシがかつて留学していた聖王領は、魔術による防壁が常に領域を守っておりました。
 傍目にはそういった風には見えずとも、生活の至るところに魔力を用いた術具が浸透していたのです。
 この城にも、そういった機構が紛れ込んでいる可能性は否定出来ませぬ」

 饒舌なゲルルフに、官僚達は目を丸くする。
 ゲルルフは、城内では知らない者がいない程の大の魔術嫌いだ。魔力剣を嫌い、魔術絡みの話は耳を塞ぎ、魔術師を見れば目を逸らす。
 情報収集の為に国外視察へ赴いても、魔術関係の施設だけは足も向けずに弟子達に全て丸投げしてしまうという。

 そんな老人が今回の会議に参加した事さえ驚いたものだ。千歩譲って、魔女を排斥する側に立つのではないか、くらいにヘルムートも身構えた。
 しかし彼の口から出たのは、聞きようによってはヘルムート達を擁護する意見だ。何か悪い物でも食べたのではないか、と変に疑ってしまう。

「プイスト殿は心当たりはないと仰ったが…”壊せぬ五本の支柱”は、お若い方でもご存じではないでしょうかな?
『ハンマーもノコギリも通さぬ、邪魔で仕方がない支柱』を、知らぬ者はいないと思いますが」
「………………」

 その話はクレメッティも知っているのだろう。苦虫を噛み潰したような顔で小さく舌打ちをしている。

 件の支柱は五本あり、謁見の間に三本、役所フロアに二本置かれている。役所フロアの方は課のスペースを絶妙に邪魔しており、八つ当たりで蹴飛ばしていく役人はそこそこいる。
 過去に本城改築の案が出た際、『アダマンタイト製の工具を以てしても傷一つ付けられない』と大工がさじを投げた曰く付きの支柱だった。

「国内外の視察を繰り返すと分かってくるのです。ラッフレナンドは、城とそれ以外の土地とで施設の格差がありすぎる、と。
 城下では未だ井戸水を利用しているというのに、この城は蛇口を捻れば好きなだけ湯が出てくる。
 革命以降の建造物である演習場や兵士宿舎の劣化は、目に見えて明らかだというのに、本城や礼拝堂にはひび一つ入らない。
 そうした違和感に気付けば、魔術的な力が働いているのでは…と行きつくのは当然と思っておりました」

 ゲルルフのどこか詰るような物言いに、若輩の官僚が決まり悪そうに目を逸らす。
 国外視察自体は多くの官僚が経験しているが、そうした魔術的見地で物を見る癖がついていないのだろう。城の不可思議な一面に対し、慣れてしまったと言える。

(魔術嫌いのゲルルフが論じるのが、一番不可思議だけどねぇ。実は魔術が好きだったりするとか?)

 この違和感に眉をひそめたのはヘルムートだけではなかったらしく、クレメッティが揶揄うように問いかける。

「これはこれは。デルプフェルト殿は魔術がお嫌いかと思いましたが…どう言った風の吹き回しで?
 魔女に王城を良いようにされても良いと?」
「ふはははっ。ご冗談はその時代遅れのねじれ髭だけにして頂きたいものですなぁ」

 特に関係のない事柄でしっかりと罵倒が返ってきてしまい、クレメッティは言葉を失っていた。やがて顔を真っ赤にして額に青筋を浮かべるが、上手い言い回しが思いつかないのか口をパクパクさせている。

 周りに宥められているクレメッティを無視して、ゲルルフはしわくちゃの顔を不快感で染め上げた。

「ワタクシ個人は、魔女など今すぐにでも絞首台へ送ってしまいたいのです。この城に魔術師達の残り香があるだけでもぞっとしまする。
 ───ですが、ああいった魔術は停止した途端反動が来るものだ、と学院時代の同期に言われた事がありましてな。
 何の手入れもせずに三百年以上放っておいたレンガ造りの建物など、あっという間に砂塵と化すのでは、と心配しておりまする」

 どうやらゲルルフは、魔女への不信感はさておき、城が国の中枢として機能しなくなる事を気にしていたらしい。
 ようやく発言の機会が巡ってきて、ヘルムートは言いそびれていた情報を提示した。

「…ええ。システムが停止すると、本城の建材劣化は一気に進むと聞いています。
 一年程度で城全体が砂の山になる、とも」

 ざわり、と大会議室に動揺が広がっていく。
 祖先の代から今に至るまで当たり前のようにあったこの城が、システム停止から一年で砂の城に化ける。
 この会議の決定次第で、国としての基盤が崩れ去るのだと気付いたようで、場の風向きががらっと変わるのをヘルムートは肌で感じていた。

「脅す、おつもりですか…?!」
「聴取した内容を申し上げているだけです」

 歯噛みして睨んでくるクレメッティに、ヘルムートはにっこりと微笑んでみせた。