小説
古き世代を看取って
 官僚達にとっては厳しい選択と言えるだろう。判断材料と呼べるものは何一つ手元にないのだから。

 ラッフレナンド国民にとって、魔術師王国時代の歴史は革命の発生と共に終わっている。国史の教科書にだって、精々が一節書かれているかどうか、という程度だ。魔術師達の王の名前はおろか、その国名すらも知られていないのが良い証拠だ。

 かと言って、『何の判断材料もないから受け入れる訳にはいかない』と無下にするには、後に起こるかもしれない被害が大きすぎる。

「失礼ですが、側女殿が魔女の弟子…という話は事実なのですかな?」

 膠着していた状況の中、ジェローム=マッキャロル国務大臣はそう話を切り出してきた。額に汗を浮かべた壮年男は、少し遠慮がちに後を続ける。

「こう言っては何ですが…その」
「側女は、魔女の指図で城に入り込んだ尖兵ではないか、と?」

 ここでようやく、今まで黙って静観していたアランが応じる。彼は足を組んで椅子に背を預け、どこか余裕綽々に口の端を吊り上げた。

「…ふふ、否定出来ぬのが悲しいな。
 一目見て気に入り、家庭的な所に絆され、公私に渡って助けられ、夜の伽に酔わされる。
 あれが魔女の魔性だと言うのならば、世の女達は皆魔女と呼ばれてしまうのではないか?」
「は、はぐらかさないでいただきたいのですが…」

 多くの場合で中立の立場に居続けようとするジェロームも、今回ばかりは判断出来かねているようだった。
 まごついている国務大臣が可愛く見えるのか、アランは口元を押さえて失笑した。

「そう怒るな。
 側女については、昨晩かけてたっぷりと尋問を済ませてある。
 確かに彼女は魔女の弟子ではあるが、この城の話は何も聞かされていない。
 しかし、『側女となってから城の異質さに気付いた』とは言っていた。
 疑わしいと思うのならば、この後にでも薬剤所か4階の衛兵に問い合わせるといい。
 何の薬を盛ったか、どんな自白をしたか、訊ねられたら答えるよう命じてある」

 昨晩、リーファにどんな尋問をしたのか察したのだろう。ジェロームはくしゃっと顔を歪めて黙りこくってしまった。

 アランにここまで言わせた以上、リーファを追及する者は誰一人としていなかった。『ラッフレナンドが誇れる薬剤所の薬まで用いて尋問した』と暗に示したのだ。そこまで疑ったら、自国の取り柄すら否定する事になってしまう。

「それと…これは先程聞いたばかりの話なのだが…。
 魔女ターフェアイトが、『兵士達に魔力剣の指導をしてもいい』と指導役の兵長に言っていたそうだ」

 アランから唐突に切り出された提案に、官僚達が皆眉をひそめている。
 恐らく現場の近くにいたのだろう。官僚の一人がはっとして顔を上げた。

「そういえば昼前頃、演習場の方で大きな物音がしていましたね?もしやあれが…?」
「ああ。魔女と側女が兵を伴い、演習場の訓練を見学したらしくてな。
 側女が魔力剣の使い方を実演してみせ、魔女が指導役の兵長に検討するよう告げて去ったそうだ」

 アランの説明に、大会議室のざわめきがより大きくなった。
 リーファ自身、解呪や除霊などで唯一無二の存在感を見せつけてはきたが、魔術方面の活躍は全く見せていなかった。
 周りにも『護身程度』と話している為、見せびらかす程ではないと思っていた者が多かったようだ。

「ま、魔力剣も扱えるのですか?あの側女殿が」
「使いたがらないが、魔術の腕もなかなかのものだぞ?
 下手な魔術師などよりもずっと腕が立つやもしれん」

 困惑する官僚らとは対照的に、アランは得意満面に笑みを浮かべていた。『なかなか』と評した一件は、アランもそれなりに痛い目に遭ったはずなのだが、それすらも忘れているかのようだ。

「魔力剣を全力で振るえば、演習場すら両断する程の威力になる…との事だ。
 今まで牽制程度の使い方しかしていなかった魔力剣だが…もし正しい使い方を習得すれば、大きな戦力になる」

『魔女に城の改装を任せる』という聞き入れがたい案に対し、演習場の一件は渡りに船と言えた。
 魔力剣の指導はラッフレナンドにとって有益になる上、ターフェアイトは『国に対して二心なし』と意思を示す事が出来る。

(魔術師忌避の思想は、もう過去のものなのかもしれないな…。
 そうじゃなきゃ、指導役の兵長が易々と魔力剣を預けたりはしないだろうから)

 リーファの実力、魔力剣の性質やその指導と、降ってわいた新情報に議論が熱を帯びる中、アランは手を上げて場を静めた。
 一切の反論を許さぬ藍の瞳に見据えられて、官僚達全員が息を呑む。

「…話を戻そう。
 確かに、いきなり現れた魔女に城を弄繰り回されるのは業腹だ。
 しかしシステム停止が差し迫る中、一年程度で遷都などの大事業が為せる訳でもない。
 そして私は、砂塵の山を『ラッフレナンド城だ』と宣う気もない」
「…魔女が嘘を言っていない、と言い切れますかな…?」

 椅子が軋む音すら立てるのも憚られる中で、クレメッティが尚も口を挟む。
 疑念ばかりを向けてくる男だが、ゲルルフのような魔術嫌いでもなければ、アランを貶めたいギースベルト派でもない。貴族を第一に考えつつも司法につまらない手心を加えなければ、ある意味扱いやすい類の人物だ。

「私の”目”に嘘は映らなかった。
 …しかし、信用するに足る人物、とまでは思っていない。
 故に、国内外から魔術の有識者を招き、システムの披露目も兼ねて分析したいと考えている」

 アランの言葉遣い、所作、在り方は、時に年配の官僚すらも惹きつける。
 先王オスヴァルトを良く知る者達からは、若かりし頃に瓜二つと言われるその容姿が良く話題に上るが、若い者達からはその”目”に惹かれる、と言われる事がある。

「魔王領からの侵攻が小康状態になって久しいが、いつまでもこの平穏が続くとは限らない。
 今までこそ、魔術師王国の残滓に守られていたやも知れないが…祖先が散々蹂躙した者達の手を借り続ける、というのもおかしな話だ」

 アランの才”嘘つき夢魔の目”のモデルになった夢魔は、女王まで上り詰めたと聞いている。
 嘘を見抜くだけの才だと思い込んでいたが、王の資質もこの目に備わっているのでは、と思わずにはいられない。

「この機会に、国にとって有益か、不都合はないか、倫理にもとるものではないか───そうした多方面から、魔術師という存在を見定める。
 古き世代を看取り、我々が次代を引き継ぐ時が来たのだ」

 魔女と言う脅威に恐怖を滲ませていたのは何だったのだろうか。
 気付けばアランの高説に浮かされて、多くの官僚からけたたましい拍手が送られていた。クレメッティですら場の雰囲気に逆らえず、呆れ交じりに手を叩いている。

(本当に、君は罪作りだね………アラン)

 鳴りやまない拍手の中、ヘルムートは複雑な想いでアランを見下ろした。
 喜び、苛立ち、容認、不安、期待───どれともつかないこの感情に、誰でもいいから名前をつけて欲しい。そう思ってしまった。