小説
古き世代を看取って
 リーファ達の散策と称した城のチェックは、夕方まで続いた。

 食事も兼ねて食堂へ赴き、兵士宿舎、礼拝堂、公文書館、庭園、牢獄へと歩き、牢獄地下からシェルターと保管庫を抜けて本城へ。
 4階の王の寝室まで一通り見た後、1階の居室へと戻って行った。

 ソファで向かい合わせに座り、リーファとターフェアイトが状況をメモし、リーファのソファの横に直立しているカールが時折話に加わる。
 あくまで、午後の会議で改装の許可が降りれば、の話ではあるが、それでも夢は膨らんでしまうものだ。

「演習場は障壁をつけてやりたいねえ」
「そうですね。あれだと魔力剣の練習で被害が出てしまいますし。
 頻繁に破損が出るでしょうから、出来れば自己修復の紋はかけておきたいです。
 …そういえば、食堂は最近水の出が悪くなっていたみたいですね。配管に異常が出てるのかな…」
「異常と言えば、兵士宿舎は壁や床の傷みもひどくなっている。出来れば補修を希望したいが…」

 カールの要望に、ターフェアイトは青紫色の目をキラリと輝かせた。

「補修だけでいいのかい?いっその事リフォームしちまおうよ」
「…どのように?」
「5階建てにして、最上階全域を浴場にするとかさ。城内も城下も見下ろし放題だ。景観サイコーだろう?」
「そ、それは…浪漫は、あるが。オレの一存では何とも」

 急な提案に困惑しているカールだが、満更でもないようだ。手で隠している口の端が歪に吊り上がっている。

「本城より高い建物だとケチがつきません?
 地下の浴場は換気が悪いから上に持ってくるにしても、何かに使いたいですが…。
 1階の武器防具置き場…地下に持っていけないかな…」
「武具を地下に置くならば、外から直接地下に降りられる道が欲しい。
 有事に武器をすぐに確保出来なければ、意味がないからな。
 しかし、地下の空間を武具置き場だけで埋めるには広すぎる」
「各階に物置がありましたね。あの中の荷物は、地下に動かせません?」
「…そうだな。あの中は毛布や消耗品が入っていたはずだから、移動してもいい」
「礼拝堂は思ったより傷みが少なかったねえ…屋根が欠けていたからそこの補修くらいか…。
 あとは、庭園地下の保管庫の中身がまだ残ってればいいんだが…」

 などと会話が弾んでいると、廊下の方が少しばかり賑やかになっていた。
 皆で顔を見合わせ、揃って扉を見やるといきなり扉が開かれる。

 ───がちゃんっ!

 そこにいたのはアランとヘルムートだった。アランは明らかに不満そうな顔つきで、ヘルムートは苦笑いを浮かべている。

「ア………陛下」
「リーファ、膝を出せ!」
「へ?あ、は、はい」

 あまりの剣幕に驚きながら、リーファはソファの右端へ体を移動させた。カールが扉の側に控えると、アランは左側から入ってきてリーファの隣に腰掛ける。
 そしてアランは、リーファのスカートをまくり上げた。

「ぎゃあ!?」

 酷い悲鳴が上がるがお構いなしに腿に頭を投げ出し、めくれたスカートを頭に被って思いっきり深呼吸を始めた。
 いきなりのスキンシップに、リーファは顔を真っ赤にして抵抗した。

「へ、へ、へ、陛下!こ、こんな所でそんな事しないで下さい!
 師匠だって見てるんですよ!?」
「知った事かここは私の城だ」

 と言いながら顔をこすりつけてくるものだから、髪の毛やらまつ毛やら眉毛やらが肌に触れてこそばゆい。

「あっ、ひゃっ、も、もうっ」

 いつも以上に横暴なアランを見て、ターフェアイトが足を組み直して心底楽しそうに笑っている。

「あーいいよいいよ。ぜぇんぜん気にしないから」
「私が気になるんだって───いっだっ!?」

 突然の痛みに驚いていると、どうやらリーファの腿にアランが歯を立てたらしい。血は出ていないが、せせら笑うアランの先で、腿の肉に歯形が入っている。

「噛みついて欲しいか?なめまわして欲しいか?大人しく膝を貸すか?選ばせてやる」

 ここまで機嫌が悪いともうどうしようもない。リーファは溜息を吐き、一番被害のない選択肢を選んだ。

「もう………言う事聞きますから…、お願いですから、大人しく膝を借りて下さい………」
「分かればいい」

 満足したアランは再びリーファのスカートを顔にかけ、鼻息荒く深呼吸を始めた。吐息が時折肌を撫でてくすぐったいが我慢するしかない。

 アランの有様はとても気が立っているように見えた。まるでやりたかった事が出来なかった子供のようだ。
 まさかと思い、リーファは側に立っていたヘルムートに声をかけた。

「もしかして…ダメだったんですか?」
「ううん。意外な助け舟があってね。システムの再構築と城の改装、ちゃんと理解は得られたよ。でもね…」
「あの馬鹿共、『側女殿に任せるには荷が重すぎるから、別の者を責任者に宛がうべきだ』などとのたまったのだ。
 これが怒らずにいられるか!クレメッティすら同意しおって!」

 ソファからかなりはみ出た足をばたつかせ、スカートに埋もれながらもアランが怒り狂っている。

 ヘルムートはアランを見下ろし、呆れたように肩を竦めた。

「アランがリーファを正妃にしたがる話は、結構な人数の役人に伝わってしまっていた。正妃にする条件を、何らかの形でクリアさせようとしていた事も、ね。
 彼らは、リーファに功績が与えられ、それをきっかけに正妃もなる事を恐れてるんだ。
 …あと、クレメッティ=プイストは偽セアラの一件で借りがあるから、これでチャラになったんじゃない?
 例外は彼昔から嫌がるし、リーファは正妃にしたくないんだろう」
「城の管理を任せるという事は、王の住まいを守るという事だぞ。
 国母たる正妃以外に誰が務まるというんだ」
「そういう事言ってるから『責任者を別に』って話が出るんだよ。
 あそこで条件を呑まなきゃ、この話自体なかった事になってたんだ。
 城を維持したいならそこは諦めようよ」
「………城など、さっさと潰れればいい」
「アーラーンー?」

 リーファのスカートを挟んで、アランとヘルムートの不毛な言い合いが白熱していく。

 アランの思惑とは逸れてしまったようだが、理解は得られた事に安堵した。半日かけて城の不備を見て回ったのが無駄にならなくて済む。
 しかし、リーファの中でひとつ懸念が生まれた。管理者の事だ。

 ターフェアイトは城の関係者ではあるが、ラッフレナンド王家からすれば無関係な人間だ。用が済めば出ていかなければならない。
 そしてリーファを管理者にする事は認められなかった。
 現時点で、この城の管理に足る人材がいない。

「私の事はともかく…困りましたね。
 誰に管理してもらうにしても、ソースコードが読めなければ管理のしようがありません。
 城の構造物に魔力を通す技術は、魔術師であれば出来なくもないでしょうが、ソースコードも読める人材を調達するにはあまりにも時間が…」
「いや、いるじゃないか。適任者が」
「え?」

 ターフェアイトがニヤニヤと笑ってリーファの後ろを指す。振り返って見やった先には、カールがぽかんとした顔で突っ立っていた。