小説
古き世代を看取って
「魔力を通す方法は魔力剣の時とやり方は同じさ。精度の低さは引き上げてやればいい」

 突然の指名に、カールが戸惑いの表情を見せている。

「そ、そうは言っても、オレもまだ勉強中の身で」
「分かんないとこは逐一教えてやるさ。最悪、アタシじゃなくてもリーファに聞けばいい話だろ?
 お偉方が気にしてんのはリーファに役職を与える事らしいし、リーファがその手伝いをするだけなら何の問題もないんじゃないかい?」

 そしてターフェアイトは半眼でカールを見据え、色気すら籠る甘い声音で誘惑した。

「責任者になったら城を好きに改造出来るよ?
 隠し通路、秘密の部屋…思いのままさ。
 城の中に出口のない部屋作って、女閉じ込めるのとか楽しいかもねえ」
「………!」

 下劣な提案を出されてしまい、反応に困るのかカールが横を向いて黙り込んでしまう。
 これでは仮に責任者をやりたくても、カール自身に悪趣味なイメージが付きまとってしまう。

「い、いえ。さすがにそれをやったら怒られますから…」
「…ふむ。一部屋作らせて、『アラン様の正妃にして下さい』と泣いて乞うまでリーファを閉じ込めるか」
「それは閉じ込めるまでもなくいつもしてますよね??」

 スカートをめくって顔を出してきたアランに、リーファはすかさず突っ込みを入れた。

 勝手に話が進んでいく事に危機感を覚えたのだろうか。ヘルムートがカールに声をかけた。

「えっと…君、名前は?」
「…カール=ラーゲルクヴィスト。階級は上等兵です」
「そっか………ラーゲルクヴィスト家か…」

 家の名を聞いた途端、ヘルムートの顔が曇る。リーファにはよく分からないが、ヘルムートとしてはありがたくないようだ。カールもまた、その理由をなんとなく理解しているように見えた。

「ソースコードっていうのが読めるというのは本当?」
「この城のものはまだ読んだ事がありません。しかし、古い文字の解読はした事があります」
「はいよ」

 ターフェアイトが声を上げると、皆一斉に彼女の方へ振り向いた。見れば、ターフェアイトが両手を上げている。
 彼女の右手と左手の間の空間には黒いインクのようなものが浮いていて、不安定ながら文字を刻んでいた。言わずもがな、フェミプス語だ。

「カール、あんたなら読めるだろう?」

 挑発に反応するでもなく、カールは目を皿にしてその文章を左端から右端まで見ていく。そしてまた中央辺りから右端までを交互に眺め、しばらく考え込んだ。

「…『魔術とは、努力と研鑽に失敗した者の亡骸に咲く一輪の花だ』」

 カールの答えに、ターフェアイトの口元が不敵に吊り上がった。

「お見事」
「全然問題なさそうですね。
 というか、つい直訳で読んでしまう私よりもずっと表現が柔らかいです」
「…謙遜を。理解は、側女殿の方が早かったとお見受けしたが?」
「ふふ。よく師匠にテストされましたから。つい張り切ってしまいました」

 どうやらターフェアイトの問題を見ながら、リーファの挙動まで見ていたらしい。優れた観察眼に頭が下がるばかりだ。

 すっかり蚊帳の外に追いやられてしまったアランは、カーテンを除けるようにスカートをめくり、頭上の唸っているヘルムートに声をかけている。

「…ヘルムート、お前も確か似たような文字が書かれた辞典を購入していただろう。読めないのか?」
「趣味半分で買ったものだからなぁ…。ダメ。全然分からないよ」
「そうか…」

 アランは残念そうに目を伏せ、スカートを被りなおした。確かにヘルムートが文字を読めたのならば、管理者の問題は一気に解決出来ただろう。

「ま、まあでも、悪いけど即決は出来ないね。
 彼は兵士だ。仕事の合間に管理を任せるか、辞めさせて転向させるかも考えないといけないし。
 役人の中に解読が出来る者がいないとも限らないしね。
 一度フェミプス語を知っている者がいるか、求人を出してみる事にするよ」

 ヘルムートの提案に、リーファは不意に少し前の事を思い出した。特に話す事でもなかった為、アランにも知らせていない他愛ない思い出だ。

「…役人の方かどうかは分からないんですが、一人、名乗りを上げて下さる方がいるかもしれません」
「うん?心当たりが?」
「以前、フェミプス語の解読のお手伝いをした事があって…。
 でも、手紙でのやりとりだけだったので、どんな方か分からないんです。
 最近は手紙も来なくなってしまったので、こちらから相談する手段がないんですが…」

 何故か機嫌を悪くしたアランが乱暴にスカートをめくり、リーファを睨みつけた。

「お前に下心ありありの、不潔でむくつけき大男かもしれんではないか。
 何だかよく分からないやつと文通などするな」
「そ、そんな事言わなくてもいいじゃないですか。
 綺麗な字でしたし、文章も読みやすくて几帳面な感じがしましたよ。
 私の事を色々気にかけてくれて…こういう方がいるんだなってすごく嬉しかったんですから。
 押し花の栞の交換もしたんです。クローバーやレースフラワーの清楚な飾りつけがまた可愛くて。
 …メイドさんか、司書のお仕事をしている女性かなあ、なんてイメージはしてるんですけど───
 いたいいたいいたいいたい。な、何で怒るんですかあ」

 目が据わったアランが、リーファの頬をねじ切らん勢いでつねりだした。
 明らかに怒っているのは分かったが、リーファにはアランが何故腹を立てているのか全く分からなかった。

 ◇◇◇

 リーファがアランに頬をつねられ痛い思いをしている中、カールが顔を真っ赤にして何かを堪えている姿を、ターフェアイトは見逃さなかった。

 何となく察せられたが、何となく黙っていた方が面白そうだと思ったから、ターフェアイトは見て見ぬふりをする事にした。