小説
古き世代を看取って
 結局、ラッフレナンド城改装の管理者は、アランが担当する事となった。
 フェミプス語を習得していると名乗り上げる者がおらず、側女であるリーファや、一介の兵士であるカールを管理者に据えるのは不味いと判断された為だ。

 国外の有識者の招き入れや必要な資材の購入など、事務的な部分を城の主であるアランが行うのは可笑しな事ではない。
 また、万が一この改装で何か問題が発生した場合、王たるアランが責任を取ると明示した事で、魔術師介入反対派やギースベルト派をある程度黙らせる事に成功したようだ。

 改装を手掛ける魔術師を集める時間はなく、現場はターフェアイト、リーファ、カールの三名が担当する事になった。
 少数精鋭、と聞こえはいいが、昼夜問わずに走り回るリーファとカールを見て、同情する者は多い。

 また混乱を防ぐ為、城下の民には『魔術による改装工事が行われる』と、偽りなく告知している。
 魔術に頼る事を不満に思う者も少なからずいたが、ラッフレナンド城自体が魔術師王国の城を再利用している事も知られている為、『やむを得ない』と考える者が多いようだ。

 ◇◇◇

 ───ターフェアイトが起こした騒動から、早一ヶ月が経った。

 牢獄の水回りの設置、演習場の再建と魔力障壁の設置、食堂の補強と視聴板設置、礼拝堂と”禊の島”の補修、庭園下保管庫の開放、城壁の再建、本城の微調整。
 今日に至るまでにここまで改装出来た事に、カールは達成感と同時に恐怖も感じていた。
 一晩で砂上に浮かび上がる幻想の楼閣、そんな御伽噺を見ているかのような、不思議な一ヶ月だった。

 もっとも、フェミプス語が読めるだけのカールが出来た事など、そう多くはない。
 兵士、役人、メイドに改善して欲しい点を確認してまとめ、それをターフェアイトに伝える程度だ。

 整地、建材の製作、設置、調整などは、宝石のような光沢を持つターフェアイトの使い魔達が。
 主だった魔術付与は、リーファが担当している。

 最初は成される事に懐疑的だった者達も、少しずつ城が変わって行くと態度を改めだした。
 最近は、窓口であるカールへ積極的に相談が持ち掛けられる有様で、休みを返上して従事する羽目になってしまった。

 仕方がないとは言え、側女リーファが”禊の島”へ赴いた一週間は、寝る暇もない程働かされたものだ。

 何にせよ、城の改装も最終段階だ。

 現在、主だって改築している建物は、カールも利用している兵士宿舎。
 慣れ親しんだ宿舎が一日で解体された時は『どうなってしまうんだ』と戦慄したものだが、その廃材を元に本城に合わせた建材が作り直され、新たな宿舎の土台、壁、天井へと姿を変えている。

 外観は凹型で、以前同様地下1階から地上4階までの建造物となっている。
 左右は兵士達の寝室になっていて、1階は一等兵二等兵の集団部屋、2階は上等兵、3階は兵長、4階は下士官の個室と、これも従来通りだ。

 施設の真新しさばかりが目を引くが、実は至る所で魔術の力が働いており、快適性や利便性が向上している。
 1階の集団部屋には、ベッドごとに遮音遮光加工が施されたカーテンが取り付けられ、プライベートが守られるようになった。空調設備も備わっており、以前よりもずっと過ごしやすくなるという。

 今は、4階中央を大きくせり出している集団浴場の建設中だ。
『本城の大浴場よりも広いのは不敬では?』などと官僚が文句を言う広さだが、王自身が『私もたまに使ってみよう』と年甲斐もなく目をキラキラさせており、何の問題もなく建設が進められている。

 この浴場が完成すれば、後は地下の動力の見直しだけという。
 そこまでやり終えて、ようやくカールはこの事業から解放される事になる。

 しかし、これを機に魔術に関わらなくなる───という訳ではない。
 城の改装が本格化する頃合いを見計らい、カールはターフェアイトに弟子入りしたのだ。

 この決意表明は、多くの者達の思惑が入り混じっていた。

 魔術システム”ラフ・フォ・エノトス”は、継続的な維持管理が必要らしく、適任と言えるのがリーファのみ、という現状だ。
 これを快く思わない者は一定数おり、微力ながら改装に携わったカールに白羽の矢が立つのは必然と言えた。

 兵士達からしても、魔力剣の指導を部外者のターフェアイトや側女のリーファばかりに教わるよりは、同僚であるカールの方が気兼ねがない、と考えたようだ。

 また、カール自身も魔術への関心が高まっており、魔女と言う在り方を体現したかのようなターフェアイトに師事するのは時間の問題であった。

 ちなみに、弟子入り後に実家であるラーゲルクヴィスト家より届いた手紙には、『遠からず訪れるギースベルト公爵家の戴冠時に、王城の全権を捧げられるよう努めよ』と書かれていた。
 城の内情が筒抜けな事が引っかかったが、家の方針にも背いていないと分かり、一先ずは胸を撫で下ろした。