小説
古き世代を看取って
「そういえばカール。あんたがやりたがってたアレ、順調に出来上がってるかい?」

 ターフェアイトは、兵士宿舎の設計図を見ていたカールにそう問いかける。

 出来ればこんな公衆の面前でその話は止めてもらいたかったが、ニヤニヤいやらしく嗤うあたり、わざとやっているのだろう。こうなった彼女は、何がどうなっても話をやめてくれない。
 リーファが資材を取りに行ったからこそ、この話題なのだろうが。

「…順調だ。もう大まかな枠組みは出来ている」
「あんたから話を持ち掛けられた時はどうしたかと思ったけど。
 そういうのが好きだなんて、やっぱりオトコノコだねえ」
「うるさい」

 ぶっきらぼうに突っぱねると、ターフェアイトはケラケラと笑った。

「ま、何に使うかは問わないよ。知識と力を持つって事は、選択する自由があるって事さ。精々火傷しないように頑張りな。
 ───”エカム・ア・ルラウ”」

 そしてターフェアイトは、戻ってきていた石人形型の使い魔に再び指示を出す。どうやら壁の建材を作らせに行かせたようだ。

 ターフェアイトの後ろで、カールは視界を地面へ落とす。

 彼女は、カールがどういう立場なのかは知らない。
 カールは、ラーゲルクヴィスト家の立ち位置を抜きにしても、今の王の在り方を快く思っていない。そして側女であるリーファは、そんな王に付き従っている立場だ。

 王とリーファからカールに何かする事はなくても、カールから王に害を成す事はあり得るのだ。それはつまり、リーファの命を危うくする事と同義と言える。

「…選択の結果、弟子同士が対立する事になっても、か?」

 深く深く考え、そして掠れるような声で呟いた言葉を、聞き取ってもらえる自信はなかったが。

「───ああ、勿論だとも」

 ターフェアイトは目を細め、口の端を上げる。正気とは思えない、狂った笑みだった。

 思わず息を呑んだ。
 彼女は、カールが成そうとしている行いが、結果的にリーファを傷つけても構わない、と言っているのだ。

 古い魔術師はこういう考え方なのかと思っていると、ターフェアイトは話を続けてくる。

「アタシはね。弟子ってのは、自分の意思を多くに伝えたいから取ってるんじゃない。
 アタシが育てたヤツが、より強く、より賢い者になって後世に続いていけばいい。
 弟子同士で殺し合い?好きにすればいいさ。
 アタシの弟子は、優れたヤツがひとり残ってりゃあいい」

 彼女の背中からは、表情は読み取れない。横面は笑っているように見えるが、それが何を示しているのかまでは分からない。

「リーファは強い魔術師じゃあないが、集中力と判断に優れてる。
 あの子は自分に出来る事を自分が出来る範囲で成し、限りなく最良に事を進められる。
 控え目に振舞ってるが、アタシから見ればあんなのは只のフリさ。あれで大体の人間は騙されるからねえ」

 リーファの話を出されて、ここ一ヶ月の彼女を思い出す。
 付き合いの長さによる力量の理解もあるのだろうが、ターフェアイトの指示をそつなくこなす姿は只々驚かされるばかりだった。

 演習場の魔力障壁の設置を指示され、『さてどうするのだろう』と見学していたら、ざっくりと概要が書かれた指示書を片手にフェミプス語で一時間もの間詠唱を続け、見事完成させてみせたのだ。
 完成直後に昏倒し丸一日安静にする羽目にはなっていたが、以降演習場は魔力剣による破損が減り、破損した箇所も即時修復するようになっていた。

「それは…分かる。
 王にすがるだけの女だと思っていたが、あれほどの知識量と魔術の腕。
 隠しておくのは、惜しい」
「あれがあの子の悪い所さ。すぐに殻に閉じこもっちまう。
 本当に…生まれるところを間違えてるのさ、あの子は」

 素質はあるのに周囲の環境に恵まれずに燻ってしまう者、というのは一定数いるが、リーファの在り方はまさにそれだと言えた。
 王に見初められ今回ターフェアイトが来た事で、ようやく周囲が彼女の才能を感じる事が出来ただろう。
 それは僥倖であると言えたが、同時に奇禍を呼び起こす可能性も秘めている。

「あんたはどうなのかねえ、カール?
 見たところ、独学で魔術の知識をつけ始めたのはここ一、二年。
 アタシが一ヶ月弱、一日三時間教えて、紋による術の発動と護身術は身に着けさせた。
 魔術に対する勤勉さと上達振りは、リーファをとうに超した。
 …感情が安定しなくて、魔力の通し方にムラがあるのが玉に瑕だけど。
 だが、あんたみたいのはアタシの時代でもこう言われてたよ───『天才』ってね」
「…過大評価だ」
「そう思うのは時間が足りなかったからかねえ。
 この短期間でそこまで習得出来るヤツは滅多にいないんだが。
 あと五年付き合えれば、リーファなんか目じゃない良い魔術師になったろうに」

 背中を向けてカールの事を褒めちぎる彼女を眺め、照れ恥ずかしさ以前に違和感があった。
 褒められた事がなかった訳ではないし、よく喋る人だとは思っていたが、今日の彼女は随分饒舌だ。

「…それだけが、心残りだねえ」

 そう呟くターフェアイトの背中は、妖艶でありながらもどこか年老いて見えた。

 ターフェアイトの目的は、ラッフレナンド城全体のシステムの再構築だ。改装は、あくまでそのついで。
 先王が成した約定の控えは王の部屋から見つかり、破棄の手続きは済んでいるという。

 つまり、やる事をやってしまえば、もうここにいる理由はない。
 聞いた訳ではないが、恐らく元居た住処へと帰っていくのだろう。

(今生の別れではない。ないが───何故、こんなに胸騒ぎがするんだ…?)

 チリチリするような胸の痛みが、カールの心を締め付けるような気がした。
 チェインメイル越しに胸を押さえ、堪えるように瞳を閉じた。