小説
古き世代を看取って
 ふと、伝えなければならない事を思い出す。最近事後報告ばかりになっていたから、これだけは先に行っておきたい。

「陛下」
「なんだ」
「明日の夜と、明後日以降、外出の許可を頂けますか?
 …明日は、本当に短い時間で済みます。
 明後日以降の方は…丸一日位は、かかってしまうかもしれませんが」

 リーファのお願いに対して、アランは唇をへの字に歪めた。

 現在も城の改装は続いており、明後日は有識者を交えた結界の張り直しがある。張り直し後も半日は有識者と懇親会があるから、リーファが抜ける事は好ましくないだろう。

 だが、この時期でないと駄目な事は、アランも何となく気づいたようだ。

「いいだろう」

 理由も問わずに聞き入れてくれた事に、リーファは心から感謝した。

「…ありがとうございます」
「ただし、今晩は寝かさないからそのつもりで」
「!」

 厳めしい表情から一転、ギラギラした目で睨まれてしまい、蛇に睨まれた蛙のようにリーファは身を竦ませた。

 ここ一ヶ月、リーファは昼夜問わずターフェアイトに振り回されていたし、アランも諸々の手続きで遅くまで執務に追われていた。

 兵士宿舎改築に伴い、兵士達の仮の寝床が3階の空き部屋となった為、その間側女の部屋を封鎖し、リーファは王の寝室で寝泊りを許されたのだが。
 ヘロヘロになって部屋に戻れば、待ちぼうけたアランがベッドでうたた寝をしていたり、逆にリーファが待てずに寝てしまう事も多かったのだ。

 城で一番景観の良い部屋で、巡回の兵士の足音を気にする事なく一緒に過ごす機会が出来たというのに、以前と比べて肌を合わせる時間が減ってしまい、アランとしては我慢の限界なのだろう。

(まあ、私も…ねえ?)

 もやもやしているのはアランだけではない。リーファも、いっぱい触って欲しいと思う時だってある。
 断る選択肢はなく、リーファは頬を染めて頷いた。

「お、お手柔らかにお願いしますね…?あと明日の事も考えて下さい…」
「それはお前の働き次第だな」

 そう言って、アランは両手を広げる仕草を取った。リーファを抱き寄せたいらしい。

 周りの目が気になって、リーファは辺りを見回す。廊下の先にも、ガラス越しに目を凝らしても、来賓の姿は今のところ見られない。

(ちょっとだけなら…)

 誘惑に負けてしまい、アランに寄り添おうとする───と。

「うわーーーーーーっ?!」
「「!?」」

 聞きなれない男性の悲鳴がアランとリーファの耳に入ってきて、互いにぎょっとした。

「なっ、あっ、うそっ、あーーーっ!」
「ちょ、なんでこっち来…ぎゃー!?」

 恐らく来賓のいずれかの声だろう。他のふたりも次々と悲鳴を上げ始め、何かがびたんびたんと叩く音が聞こえてきた。
 声の先には、動く物にまとわりつく植物を保管していたはずだ。恐らく部屋に入ってしまったのだろう。死ぬような事はないはずだが、来賓に何かあっても困る。

「あ、わ、私ちょっと行ってきます。アラン様はここに───」

 魔晶石を預かってもらおうと手を出そうとしたら、リーファを包むようにアランの腕が伸びてきた。あっという間に抱き上げられてしまう。

「あ、あ、あ、アラン様!?」

 やっと捕まえた、と言わんばかりに、アランは満足そうにリーファを抱き寄せた。手の中の魔晶石が全部床に転がってしまうが、お構いなしに体を撫でまわし始める。

「廊下で見ているように忠告したというのに、勝手に部屋へ入ったのが悪い。放っておけばいいさ」
「ひゃんっ?!」

 腰に手が伸びてきて、変な具合に反応してしまう。身をよじりながら逃れようとするが、体に力が入らない。

「いやっ、あのっ、ちょっ、ら、来賓ですよ!?駄目に決まってるじゃないですか!」

 アルノー達がいる方向では、今もなお言葉にならない声が聞こえてくる。最初は恐怖から来る悲鳴だったが、途中から楽しそうな、気持ちよさそうな、聞いていてゾクゾクするような喘ぎ声が交じってくる。

 その声が気に障ったのか、アランが面白くなさそうに廊下を歩き始めた。彼らの声の聞こえる方向とは逆の方へ。

「ち、声がうるさいな。あっちの物陰で済ますか」
「あっち?物陰?済ますってあの!?ちょ───、もーうっ!!」

 リーファの抗議は廊下の先に消え、アルノー達が善がる声はいつまでも保管庫に響き渡っていた。

 ◇◇◇

 その後、満足したアランから解放されたリーファが慌てて現場へ駆けつけた所、動くものに反応する植物のくすぐりによって、恍惚とした表情で悶絶しているアルノー達が見つかった。