小説
古き世代を看取って
 ───かつてこの地にあった、魔術師王国マナンティアル。

 鉱物資源が豊富だったこの土地に目を付けた魔王軍は、度々国を襲撃し、当時の王カロ=カーミスは対応に迫られた。

 湖によってある程度の進軍は防げるが、空襲も可能な魔王軍を相手に地の利だけで対抗するのは難しい。
 そう考えた結果、この城全体を魔王すら弾き返す強力な結界で守ろうと考えた。

 都市防衛計画技術顧問であったターフェアイトは、人間の肉体と魂を動力にする人柱の法”ラフ・フォ・エノトス”をカロ=カーミスに提唱。採択された。

 元々城全体を保全するシステムは働いており、”ラフ・フォ・エノトス”は既存のシステムに追加する形となった。

 動力となる志願者を募り、資質、技能、身体能力を総合的に判断した結果、ユークレース、アウイン、パイロープ、ラリマー、デマントイド、サフィリン、ルチル、ジェットの計八人の魔術師が、この城の最下層でシステムの一部となった。

 結界の発生地点は、謁見の間の玉座を中心に半径約千二百メートル。北にある陵墓の島、西にある禊の島、南にある城下側の鉄柵扉まで包み、見えない壁が外からの侵入を阻む。

 理論上、一万匹程度の魔物が同時に攻めてきても弾き散らせるとされる。魔王の強襲すらも防ぐ強固な結界だ。
 ただし、幽霊系や魔物の血を引く者を物理的に弾き散らす事に特化しており、魔術の力や弓矢などの物体には効果が及ばない。
 また、内側から外へ出る分には、何の作用も起こらない。

 例外を設けてあり、城下側の鉄柵扉が開放されている時は、その扉からのみ侵入が可能だ。
 時折人間にも反応してしまうケースがある為、結界の影響を受けない者が対象者の手を取り入る事で影響を打ち消す事が出来る。

 ───今回のシステム更新に伴い、人柱の法を廃止。
 新たな動力源は、魔力を込めた宝石に変更となる。

 年に一度、土台に設置された宝石に魔力を吹き込む事で、システムを維持する事が可能だ。
 故に最低でも一人、魔術師の雇用が必要となる。

 ◇◇◇

 カールによる事前説明会は無事終わり、アランをはじめとする一部の官僚と来賓は、玉座の裏から地下の洞窟へと降りてきた。

 彼らの来訪に相応しくあれと、洞窟の中は前日と比べれば見違えるほど整えられた。

 天井には其処此処に照明が設置され、岩肌だらけの歩きにくい地面は整地されて歩きやすくなっている。

 魔術陣も、以前は地面にそのまま書き込まれていたが、今回は魔術陣を岩盤から切り離し整地。修正と補修が加えられたものを再設置する事となった。補強も済ませている為、メンテナンスさえ怠らなければ破損する事はない。

 魔術師達を置いていた円周には、宝石が置かれた。それぞれ一抱えもある宝石は魔力が込められ、妖しく煌めいている。
 種類も様々で、オパール、ルビー、スペッサルティン、ヘリオドール、クリソベリル、アイオライト、アメジスト、そしてターフェアイトだ。

(自分の名前の宝石に置き換えるなんて………趣味が良いのか悪いのか………)

 だがこうして置く事で、自身の名は刻まれたと言えるのかもしれない。

 衣服だけが残った魔術師達の痕跡は、全てが撤去された。
 唯一肉体が残った魔術師ユークレースの遺体は、魔術陣から外された途端その形を崩し、跡形もなく消え去った。システムと繋がっていた為に、外されたと同時に元の時の流れと同じ道を辿ったのだろう。

「”ルオィ・レヲゥプ・ストゥセンノク・エウツ・イキス・ドゥナ・エウツ・ウトラエ”」

 ターフェアイト、リーファ、カールの三人で行われていたシステム更新の呪文も、ようやく終わりを迎える。
 交代で一文ずつ詠唱していくので、演習場の魔力障壁の設置に比べたら喉の負担は少ないが、それでも三時間という長丁場は今まで経験した事がないものだ。

「”ルオィ・レヲゥプ・シ・レトゥサフ・ナウトゥ・ドゥヌオス・ドゥナ・レトゥサフ・ナウトゥ・トゥウギル”」

 リーファは、カールがターフェアイトの無茶振りによく付き合っていると感心してしまう。
 本格的に魔術の勉強のし始めたのはターフェアイトが来てかららしく、リーファは才能のある人の凄まじさを思い知らされた。『生まれる場所を間違えた人』とは、彼のような人の事を指すのだろう。

「”ウオィ・ッセルブ・ア・トル・フォ・エルポエプ”」

 姉弟子としては、へこたれてはいられない。リーファは気力を振り絞り詠唱する。

「「「”イ・エポウ・シウツ・グニッセルブ・ルリゥ・トゥサル・レヴェロフ”」」」

 最後の詠唱を三人で唱和すると、魔術陣が力強く光を発した。

 ◇◇◇

 魔術陣から洞窟の岩肌を突き抜け、ラッフレナンド城の周辺を円状に広がって行った光の格子は、精密に編み込まれた織物のように美しかったという。