小説
捨てられたもの、得られたもの
 行き一日、遺品整理二日、帰り一日の、計四日間の旅を終え、リーファ達はラッフレナンド城へ帰還した。

 荷物は、ターフェアイトが居室と寝室に使っていた本城1階の部屋に持ち込まれた。
 部屋の中は”ラフ・フォ・エノトス”システムに使う素材が殆どだった為、改修が完了した時点で多くの資材が無くなっていたが、今回持ち込んだ物によって再び寝室は物だらけとなった。なんとか部屋にねじ込めただけでもめっけもの、と思うしかない。

(女の一人暮らしって色々爛れてくるのよね………よく朗読させられたなぁ…)

 居室の机で本の仕分けをしながら、リーファは溜息を零す。今見ているのは魔術が付与されていない本だが、教本、設計図、小説まで様々だ。小説は官能小説が圧倒的に多いが、意外と純愛物もある。
 老若男女問わず、色んな肉体をとっかえひっかえしていたターフェアイトが、どんな気持ちで日々を過ごしていたのか、つい考えてしまう。

 一応国の所有物として搬入したものだから、一度はアランに確認して廃棄か保管か判断してもらわなければならない。

 さっさと燃やしてしまいたい本も多いが、『タイトルと内容をリスト化して提出するように』と言われているから、下手に隠したら怪しまれてしまうだろう。多少面倒でも、全部確認しておかねばならない。

 手元の本のタイトルをリストに書き、ページをめくる。最初と最後だけ見て行けば、何となく内容は分かるはずだ。

(…ラザーはいい子にしてるかしら?見に行った方がいいかな…)

 城の中でのラザーの人懐っこさは評判のようで、色んな人に話しかけられてはささやかな手伝いをしている。
 特に庭師のロニーとは仲が良いらしく、時折一緒に庭園の手入れをしていると聞くし、厨房で食器の片付けもしているらしい。

 ターフェアイトは、ラザーに火に対する保護の紋を与えたようで、生前ターフェアイトに振舞っていた料理を披露するのも、そう遠くはないような気がした。

 ただアランは、動き回るラザーを複雑な気持ちで見ているようだ。

 一度来賓を庭園に招いた際に東屋でグリーンカーテンの代わりをさせてみたのだが、ラザーはうっかり声をかけて来賓を驚かせてしまった事があったのだ。

 来賓に事情を説明して、その時は事なきを得たのだが、それをきっかけに役人の間では『みだりに人に見せるべきではないのでは』と言う意見も出ているという。

「側女殿」

 元寝室の扉がノックもなく開かれ、資材の整理をしていたカールが居室に入ってきた。

「お疲れ様です、カールさん。どうかしましたか?」
「師匠が使っていた…使っていたかは分からないが。とにかくベッドの枕の下から手紙を見つけた」

 そう言い、カールは机の上へ手紙を置く。
 封筒の宛名は『弟子たちへ』と書かれていた。カールによってだろうか、既に封は切られていた。

 中を見たのだろう。目を逸らし、カールがぶっきらぼうにぼやく。

「オレは心底どうでもいいが、側女殿はそうも言っていられないだろう。そちらに任せる」
「は、はあ。ありがとうございます」

 いまいち要領を得ない説明に一応お礼だけ言うと、カールはさっさと元寝室へと戻って行く。

(…気難しい人だな…)

 掴みどころのない弟弟子を見送って、扉が閉まるとリーファはそっと吐息を零す。

 魔術に対してはとても真摯な姿勢を見せるカールだが、リーファからの他愛ない会話に応じた事は殆どない。
 甘い物も好きではないらしく、クッキーを差し入れたら、

『オレの分はいちいち用意しなくていい。余ったのなら食堂にでも置いておけばいいだろう』

 と、受け取りはしてくれたが、そう断られてしまっている。

 元々仕事の合間に片付けに来てくれているのだから、余計な時間は割きたくないのかもしれない。あまりしつこくすると迷惑だろうか。

(…それよりも………カールさんにはどうでもいい、私はそうでもない事って…?)

 怪訝な顔で改めて手紙を見下ろす。何か固形物が入っているようで封筒は歪に膨らんでいた。

 中を確認すると、光沢が美しい虹色の宝石───アンモライトと便箋が入っていた。

 ◇◇◇

「私の姉弟子にあたる方のお手伝いに行きたいんです」

 ターフェアイトが来る前より訪れる頻度の減った執務室は、重くどんよりとした空気が流れているような気がする。

 この陽気のせいかもしれない。湿り気はないが強い日の光が直接地面を照らすこの時期は、いつもならば窓を全開にして過ごす事が当たり前なのだ。
 今は城の空調を整えるシステムが働いているから過ごしにくくはないのだが、執務室は閉め切っているので、少しばかり換気が悪いのは確かだ。

 入って正面の椅子に腰掛けているアランは、黙ってリーファを見据えていた。機嫌が悪いのは分かり切った事だ。以前ならばこの時間は、リーファを揶揄って遊んでいた時間だ。

「師匠が使っていた部屋に手紙がありまして。
 具体的な事は何も書いていなかったんですが、『困ってるようだから助けてあげてほしい』と」

 本当にざっくりと説明をすると、アランは深い深い溜息を漏らし、リーファに問うてきた。

「…リーファ、お前は何だ?」
「はい、アラン様の側女です」
「側女とは何だ?」
「アラン様の望むものを差し出し、悦ばせ、アラン様の御子を産んで捧げる者です」

 澱みなく答えると、アランの癪に障ったようだ。顔一杯に不機嫌を露わにしている。

「その姉弟子の下へ行くのは、私の側女としてあるべき姿か?」
「………………ええっと」

 さすがに発言を躊躇った。否定故ではないのだが、言葉に出すのはさすがに逡巡した。

 しかし、アランはその躊躇を否定だと思ったようだ。椅子にもたれ、淡々と告げる。

「そういう事だ。申請は却下する」
「あ、あの」
「…全く、お前はすぐに理由をつけてこの城を出ようとするのだから始末が悪い。
 私がどれだけ我慢して、お前の我儘を聞いてやっていると思っているのか」

 呆れたように溜息を零すアランに睨まれ、リーファは肩を落とす。

 ターフェアイトが来てから今日に至るまで、側女としての務めは色んな雑事に追いやられてしまっていた。
 昼間はもっぱら会話や触れ合い程度で、むしろ本番は夜なのだが、それでもアランからすればその時間も必要な時間だっただろう。

 約二ヶ月、リーファの都合で側女の仕事がおざなりになってしまったのは、反省すべき部分だ。