小説
捨てられたもの、得られたもの
「…なあ、ウシチチ」

 声をかけられ、姉さんは怯えるように肩を震わせた。再び溢れそうになる涙を、ハンカチで何度も押さえる。

「おれは、かたきうちをしに行きたい。
 父さんを殺して、母さんを死なせたやつらを許すことなんてできない。
 ウシチチがいう『魔術は人を守るもの』っていう”人”は、おれは含まれねーのか?
 おれの気持ちは、守っちゃくれねーのか?」
「…それ、は…」

 目標を定めたバンデは、思った以上に口上手だ。姉さんは持っているハンカチを握りしめ、肩を落とす。

「おれは、おれを守りたいから魔術を教わりたい。
 おれは目的が欲しいんだ。
 メシ食って遊び行って帰ってきて、風呂入ってクソして寝るんじゃなくて。
 死んでもおれを生かしてくれた母さんに、死んでもおれを生かしてくれただけのことはしたい」

 そしてぽつりと、バンデは言葉を付け足した。

「…それから、出来ることなら、ここに帰ってきたい」

 その言葉は期待していなかったようで、彼女は驚いた様子でバンデを瞠目した。

「帰って、くるの?」
「帰ってきていいならな。ダメなら、帰らない」
「…殺す以外に解決する方法はないの?」
「それもコミでかたきうちに行くんだ。
 どこにいるのかも、これから調べるんだけどな」

 そう言って、バンデは並びの良い歯を見せつけるような笑顔を姉さんに向けた。

 年相応の表情を見ていると、”かたきうち”や”皆殺し”という言葉が嘘のようにも思えてしまう。
 子供によくある、強い言葉を使って虚勢を張ってしまう衝動。そういったものがバンデにも見え隠れしている。

(そうであればいいんだけど…)

 リーファとしても、バンデが考えを改めてくれたらそれに越したことはないと思ってはいるが。

(こればっかりは、自分で決めないと行けないから)

 肉体面においても、精神面においても、バンデには準備が必要だ。
 魔術の習得は、一朝一夕で出来るものではない。
 魔術言語を覚え、自分の素質を理解し、行使するだけの精神力を養わないといけない。

 その過程で、バンデは色々な知識を蓄えて行けるだろう。
 歴史は土地に繋がっている。生物の分布は自身の起源に届く。倫理は善悪を養うだろう。
 知識はバンデにとって、多かれ少なかれ益になるはずだ。

 仇と遭遇した時、敵討ちを完遂するか否か───その判断材料となる知識は、多いに越した事はない。

 どれほど時間が経ったか。
 姉さんは崩れるように跪き、バンデにすり寄るように抱き締めた。

「…魔術は、教えるから…。
 出来れば、敵討ちなんてやめてほしいけれど…。
 でも、どういう結果でも、最後は帰ってきて欲しい…」
「…ああ、必ず帰ってくる。だからそんなに泣くなよ」

(…自分で泣かせておいてそれかー…)

 目一杯手を伸ばし背中を撫でて姉さんを宥めているバンデの姿に、リーファは少々呆れはした。しかし、とりあえず落としどころは定まったようだ。

 姉さんは、恐らく妨害をするだろう。
 仇の情報が手に入らないようにするか、魔術の習得を遅らせるか、どちらかは分からないが。
 でもバンデなら、彼女を上手くやり過ごし、欲しいものを欲しいだけ手に入れていけるだろう。

 ふと、ふたりを見やると、姉さんが物言いたげな目でリーファを見上げていた。

「あなたなんて来なければ良かった…」

 つい昨日まで、バンデの反抗期に悩んでいたとは思えない言い草だ。
 しかし、今日のバンデに比べれば、昨日のバンデの方が可愛げはあったかもしれない。

 弱々しく恨み言を吐く姉さんを見下ろし、リーファは黒板にもたれて自分でもよく分からない冷笑を浮かべた。

「子供はいつか大人になるものですよ、姉さん。
 何でも言う事を聞く子が欲しければ、使い魔を作ればよかったんです。
 バンデを買った時点で、遅かれ早かれこうなっていたと思いますけどね」
「ふぐ…っ」

 心底悔しそうに呻く彼女の反応が可愛くて、リーファはついつい吹き出してしまった。