小説
捨てられたもの、得られたもの
 性の手引書、”ヒルベルタ”が着ていた服、子供向けの魔術の教本、ラザー。
 これらは全て、姉さんの家へ持ち込みたいものだ。

 かつて、アランの偽の見合い相手としてリーファが名乗った”ヒルベルタ”の服は、恐らくサイズは合うだろうから、もし残っていれば姉さんに使ってもらいたいと考えていた。

 ターフェアイトの住処から持ち出した本の中には子供向けの教本があったから、バンデに読ませるには打ってつけだろう。

 紙に書き込まれた文字を見下ろし、アランは無表情で頷いた。

「…これをシェリーに用意させれば良いのだな?」
「はい。見合いの時に私が着ていた服は、無ければないで大丈夫ですから。
 あるなら買い取らせてもらいますので、後で請求して下さいね」
「…あの服は、罪人の所持物としてシェリー預かりになっていたはずだ。
 もう残してはいないやもしれんが、いずれにしろ国としてはもう無いと認識しているものだ。ただでくれてやるさ」
「あ、ありがとうございます」

 アランの反応は肯定的で、リーファはホッと胸を撫で下ろした。国の所有物扱いになっているから拒否されるかと思っていたが、アランの中では重要度は低いものなのかもしれない。

「本の類は分からんな………上等兵に任せておくか…。
 使い魔は、明日早いうちに挨拶回りをさせておくよう、指示しておけばいいか…。
 いつ頃戻るつもりだ?」
「そうですねえ…。あちらとは時差があるようですから、荷物の持ち出しは午後にはなってしまうと思います。
 全部片付いて戻って来れるのは、多分夜になるんじゃないかと…」
「城門は開けておくよう兵に伝えておくから、必ず帰って来い」
「は、はい」

 ギロリと睨まれ声低く命じられ、リーファは身を竦ませて首を何度も縦に振った。

 アランは書かれた紙を丁寧に折りたたみ、本と一緒に枕の側に戻した。

「使い魔の引き取り先が見つかって良かったではないか。
 私は別に残しておいても良いかと思ったが、自然に近い場所の方があれも過ごしやすかろう」
「ええ。姉弟子さんが快諾して下さって安心しました。
『料理や掃除が得意』と言ったら喜んでくれて…」

 とそこまで言って、リーファはアランの言葉に目を丸くした。

「私てっきり、アラン様は苦手なのかと」

 アランは笑いながら、ベッドにかかっていたタオルケットを隅にやっている。

「接し方が分からなかっただけだ。
 少し構ってやったら懐いてな。昨日など、『リーファと同じいい匂いがする』と言われたな」

 妙な所から妙な話が出てしまい、リーファの頬が赤くなった。

「な、なんか恥ずかしいですね…っ」
「私の匂いがお前に染み付いたか、お前の匂いが私と交じり合ったか…。
 長く肌を合わせれば、そうもなるさ。
 何にしても、お前の血を混ぜて作ってあるのならば、あれが私に懐くのも当然だ」

 追い詰めるように迫ってきたアランに抗おうとも思わず、リーファはベッドの上で仰向けに倒れた。

 餌食となる事に素直なリーファを見下ろし、アランがほくそ笑む。
 アランの右手がネグリジェの裾から内側へと這い上がり、左手はフリルのついたランジェリーの中に滑り込んでいく。

 触られる悦びに興奮しながら、リーファは見上げた先の藍色の瞳に問いかけた。

「アラン、様?」
「うん?」
「今日、姉弟子さんの服をいっぱい繕ったんです…。
 可愛い服も、ちょっと色っぽい服も、いっぱい。
 今からお披露目して行きますから、一番気に入ったものを選んでもらえますか…?
 …ちゃんと、前も後ろも、中の方もしっかり見て、選んで下さいね」

 リーファの奇妙な提案に、アランの表情筋が緩んだ。
 笑いを堪えているような、嬉しさを堪えているような。色んな感情が混ぜこぜになった顔だ。

(ああ───嬉しい)

 この顔を見ていると、リーファの心の内は喜びに満ち溢れてくる。

 ここに来た頃は、いつも不機嫌で無表情で、何を考えているか分からなかったのに、今はこんな他愛ない会話でも表情を崩してくれるようになった。
 アランの心境の変化もあるのだろうが、これはリーファの努力の賜物でもあると言い切れる自信がある。

(今は───今この瞬間だけは、私のもの)

 勿論、こんなものはそう長く続くはずはない。
 アランが顔色を変えてくれるような事などそう多くは起こらないし、何度も重ねて行けばいつかは飽きてしまう。
 その内、別の女性に意識が向くようになれば、見向きもされなくなってしまうだろう。

 だが、それで良いのだ。
 喜びに満たされる瞬間など、一生に一度か二度、あればいい。

 アランは顔に手をやって笑う。この静寂に包まれた城の中、誰かに聞かれてしまいそうな大声で笑う。

「ははははははははははっ!
 姉弟子の服を着たまま抱かれたいとは、物好きな女だ」

 そしてリーファに顔を近づけて、獣のような藍の瞳を輝かせた。

「…だがまあいいだろう。
 気を遣って、その服を消してしまうような興覚めな真似はしてくれるなよ?」
「…はい、がんばります」

 はにかんで頷くと、契約成立と言わんばかりにアランはリーファにキスをした。

 アランの指先が、リーファの肌を這いまわる。
 ネグリジェは乱され、素肌が露わになり、首筋に、胸元に、腹に、キスが落とされていく。

「レースの花柄模様がオシャレで…裾がいいんですよね…」
「ああ、レースよりも内布の丈が短いから、レース越しに素肌が見え隠れして、何ともそそるな…」

 悦びで満たしながらも、ちゃんと服の評価をしてくれるアランを仰ぎ、リーファはクスクス笑った。

 ───結局、側女の部屋の天蓋の内灯りが消されたのは、明け方になってからだったという。