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後日談・間が悪かった者達───”厄介者は災厄と共に・6”
先方の事情は、移動中にリャナから何となく教わっていた。
今は”バンデ”と名乗っているラウルの子供は、手紙の主の姉弟子にあたる彼女が奴隷商人から買い取ったらしい。
彼女も秘密を抱えていて、少し前までは名前がなかったとか。
しかしバンデが”リヤン”という名前を思い出した為、バンデからその名前を譲ってもらい、今はリヤンと名乗っているようだ。
事情は掴めたが、ここ最近全く会話をしていなかったラウルに、流暢な会話が出来る自信などなく。
いきなり現れた経緯について、交渉上手なリャナが手紙を添えてリヤンに説明をしてくれた。この魔王の姫には本当に感謝するしかない。
「リーファがそんな事を…」
巨体のおかげで家には入れないラウルの為に、家人達は気を利かせて広場にテーブルと椅子を設えてくれた。
ラウルはテーブルの側に座り、植物の使い魔が出してくれたバケツいっぱいの水で喉の渇きを潤した。この季節の水にしては程よく冷たく、水質が良いのかとても喉越しが良い。
ちょっとだけ気分が晴れてきたラウルとは対照的に、リヤンは心なしか表情が曇って見える。
「本当は、村の場所だけを調べたかったみたいなんだけどね。
とりあえずリヤンさんに場所を教えておいて、どうするかはそっちで決めてもらいたかったみたい」
「本当にもう…」
渋い反応をしているリヤンを見て、リャナは怪訝な顔をした。
「ダメだった?」
「…わたしは、復讐なんてやめて欲しかったの。
仮に村の在処が分かっても、バンデには教えなかったかもしれない。でも…」
テーブルの側にいるラウルに顔を向け、リヤンは柔らかく微笑んでみせた。
「お父さんがご存命なら…もう村がないのなら、復讐はしようがないものね。
そこは、感謝しないと…」
彼女の言は、ラウルにも理解出来た。
彼女はバンデの育ての親だ。どれ程長い間過ごしてきたかは知らないが、親心のような気持ちがあるのだろう。
ラウルとて、バンデが『敵討ちをしたい』と言ったら止めようとしたに違いない。
自分の為した事はさておいても、だ。
「…それなら良かった」
「でも、ラウルさんには聞いておかなければならない事があります」
表情を硬くしているリヤンを見上げ、ラウルは首を傾げた。
「…なんだい?」
「バンデ───いえ、”リヤン”を、どうしますか…?」
その質問は、とても抽象的に思えた。
まず『どう』という表現が、酷く曖昧に感じた。物理的な話なのか精神的な話なのか、それすらも分からない。
でも、テーブルに置かれたリヤンの手が、やや震えているのは分かった。
(怯えてる…?)
何に怯えているのかは分からないが、ラウルの返答次第で彼女の何かが脅かされるのかもしれない。
彼女の気持ちが翳るような事は言いたくないが、残念な事にこの馬頭に言えるのはこれだけだ。
「どうもしないよ。
ボクは、子供が元気に過ごしているか見に来ただけ。
もちろん酷い目に遭ってるなら、引きずって連れて帰るのもアリかも、とは思ったけどね。でも、その心配はなさそうだ」
驚いたような泣きそうな顔で見つめてくるリヤンに、ラウルは言いたいことをちゃんと告げた。
「リヤンさん。
これからもボクの子と───バンデと、仲良くしてやって下さい」
「………はい………!」
どうやら彼女の何かを脅かす事にはならなかったようだ。ほっと胸をなでおろし、ラウルもはにかんだ。
一つの問題が解消し、ラウルからつい軽口が出てしまう。
「…でもちょっと不思議な気分」
「え?」
「ボクの子供の名前は”リヤン”って聞いてたのに、その名前は今はキミのものなんだろう?
でもって、ボクの子供は今バンデって名乗ってる。
なんて言うか…なんて言うんだろうなぁ、こういうのー………」
「…知らないうちに娘が出来た気分?」
言いたい言葉が出て来なくなってモゴモゴしていたら、横で見ていたリャナが代弁してくれる。
的を射る言葉に、ついラウルが感心してしまった。
「そうそうそれそれ!
一人だと思ってたら実は二人子供がいましたーっていうか…。
いや、もちろん分かってはいるんだけどさ。
キミにさっき『お父さん』って言われた時に、ああボクには息子と娘がいるんだなぁ〜って…」
なんて言ってホクホク顔をリヤンに向けたら、何故か彼女は俯いてしまっていた。
「いえ、あの、それは、その…」
顔は良く見えないが、耳まで真っ赤にしているようだ。彼女は何か言おうとしていたけど、それすらも聞こえなくなってしまった。
そして唐突に、さっきのリャナとの会話を思い出す。
『交尾したのか!!』
『いや言い方!!』
「─────────ッ!!!」
やらかしてしまった事に気づき、ラウルは声にならない悲鳴を上げた。
ラウルの鼻には、リヤンの肌が彼女以外の匂いをべったべたに纏っているようにも感じるが、これだけで間柄を探るのはさすがに早とちりの元だ。大体年頃の女性の匂いを嗅ぐとか失礼だ。
何にせよ、思った以上に繊細な話題だったのだと気付かされ、ラウルは慌ててリヤンに弁解した。
「あ、その、そういう意味じゃなくて、いや別にそういう意味でもいいんだけど、えっと。
………………どうしよう」
泣きそうになりながらリャナに助けを求めると、サキュバスの少女はニヤニヤと生暖かい笑みを送っていた。まるでこの場がこうなると予想していたかのようだ。
「こーゆー時は、さっさと話題を変えるに限るのさ。
ってな訳で、あちらのバンデ君はいつまでああやってんの?」
リャナはそう言って、人差し指を家庭菜園の側へと向ける。
バンデは、植物の使い魔ラザーと一緒に、建物の影に隠れてこちらを盗み見ていた。ラザーはともかく、バンデは尻尾を落ち着きなく揺らし、とても複雑そうにこちらを見つめている。
「ち、ちょっと失礼」
リヤンは紅潮した顔を押さえて席を立った。慌てた様子でバンデ達に駆け寄って行く。
声を抑えて会話をしているが、バイコーンの耳には筒抜けだ。
「ば、バンデ。いつまでもそうしてないで、戻ってきてよ」
「いや………だって………さあ………。
どういう、顔すりゃいいか、分かんねーし…」
「でも、あなたのお父さんよ?」
「ああ、うん。そう、なんだよな…そうなんだけどさ………」
バンデの感情は尤もだった。
ラウルが自分の子供の生存を考えてもみなかったように、バンデも自分の父親の生存を思ってもみなかっただろう。
おまけに復讐の対象は既に滅んでおり、魔術の勉強の目的を見失ったも同然だ。
「…で、お父さんとしてはどうすんの?」
「からかわないでよ。ボクだって、あんまり考えてないんだから」
リャナの茶化しをあしらい、ラウルは体を起こした。
かつ、かつ、と蹄を鳴らしてバンデ達へと近づくと、音に気が付いてリヤンが振り返る。
「あとは、ボクが」
ラウルがリヤンに向けて首を縦に振ると、彼女は少し心配そうに頷いてみせ、ラザーと一緒にテーブルの方へと戻って行ってくれた。
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