小説
後日談・間が悪かった者達───”厄介者は災厄と共に・8”
「さて、と」

 ラウルは体を起こし立ち上がる。
 人間の姿にはしゃいでいたバンデが、怪訝な顔して見上げていた。

「え、あ。どこ行くんだよ?」
「あんまり長居して迷惑かけたくないし、キミ達にも都合があるだろう?
 今日のところはあっちに帰るよ」
「め、迷惑とかかんけーねーよ!ここら辺に住めばいーじゃねーか!?」

 優しさからか、寂しさからか。
 詰め寄って引き留めようとするバンデの姿にまたうるっとしてしまうが、ラウルは頑張って堪えた。

「ありがとう。
 でもね、バイコーンはバイコーンで、縄張りってものがあるんだよ。
 ここは遠いからボクの悪名は届いてないと思うけど、あんまり好き勝手歩き回るのは良くないんだ」
「そ、そんなの…!」

 反論しようとしたバンデだが、すぐに口を噤んだ。
 我儘で引き留めては駄目だと、気付かされたのだろう。肩を落とし、黙り込んでしまう。

(聞き分けが良い子だ…そうでなければ、いけなかったのかもしれないけれど)

 出来ればもっと我儘を聞いてやりたいが、今はまだ、ラウルにその準備が出来ていない。
 バンデの頬に顔を寄せ、愛しい我が子の耳元で確実な約束を取り付けた。

「必ず、また遊びに来るよ。おみやげをいっぱい持って。
 その時に、バンデの話をたくさん聞かせてほしいな」

 こうしておく事で、ラウルに生きる目的が得られた。
 バンデに再会したい。もっと良いものを贈りたい。その為にお金を稼ぎたい。ラウル自身も、もっと身綺麗になりたい。

 この少年の父親でいたいが為に、どんどん目標が増えていく。
 目標が多すぎて、プレッシャーに圧し潰されそうだ。でも、頑張らないといけない。
 子供の前でカッコつけない親なんて、親じゃない。

「………とう、さん」
「!」

 頬の側で囁いたバンデの声に、ラウルは反応した。

 鼻の先をバンデに向けて言葉の続きを促すと、少年はおずおずと、恥ずかしそうにお願いしてきた。

「お、おれさ。母さんの、墓参り、行きたい…。
 いつでも、いいから…」

 また一つ、目標が増えた。
 しかも、息子たってのお願いだ。最優先事項だ。

「うん…、うん、そうだね。
 キミが来れるように、墓場の周りをちゃんと手入れしておくよ…!」

 我慢が出来るはずもなく、ラウルは大粒の涙を零した。

 ◇◇◇

「じゃあ、注文の際はこの注文書に記入してね。
 送付方法は、書いてある手順でやってくれればいいから」
「ええ。皆と相談して、欲しいものがあればお願いするわ」
「らざー、ひりょー、ほしーなー」
「さっき良さそうなものがあったわ。もう一度見てみようね」
「うんっ」

 リヤンの家とも出張販売の約束を取り付ける事が出来て、リャナはご満悦だ。
 魔術師として行動が制限されているリーファと比べ、リヤンは魔術師として仕事をしているという。人里から離れているから出入りを怪しまれる心配もなさそうだし、良顧客になりそうな予感だ。

「お〜〜〜〜〜〜!」

 ふと、いきなり発せられた奇声に驚いて、リヤンとラザーは揃って肩を竦ませた。

 リャナは一度経験したから、声には驚いたがすぐに冷静になった。

「あ〜〜〜〜〜〜!」

 見やれば、ラウルが嘶きと共に土煙をまき散らし、ざっかざっかと広場をぐるぐる回り始めている。向こうの広場よりもずっと広いから、何かにぶつかって迷惑をかける心配はなさそうだ。

「は〜〜〜〜〜〜!」

 突如始まったラウルの狂態に、菜園の側でバンデが呆気に取られていた。ぐるぐる走り回ってる父親の異常行動に、目を白黒させている。

 おろおろしていたリヤンが、荷物の整理をしているリャナにこっそり訊ねてきた。

「あ、あれは…?」
「なんか、感極まるとああやって走り回るみたい。きっといい事あったんだよ」

 いい加減に、しかし間違っていない回答をすると、リヤンが艶めかしい吐息を零す。

「…い、意外と、面白い方なのね…?」
「ほわ〜〜〜〜〜〜!」

(…そういや、さっきは泣きながら走ってコースアウトしたっけな)

 ラウルが勢い余って南側の傾斜に転がり落ちる分には構わないが、家屋や菜園や洗濯物に被害が及ぶのはまずいかもしれない、とリャナはちょっと考え始めた。

(…しょうがないなあ)

 リャナは溜息をひとつ吐いて、リュックサックから黒光りする砲丸を手に取った。

(着弾予定位置よし、被害者吹っ飛び距離一メートル半、被害予想状況───ラウル以外は、まあよし、っと)

 ざっと次に起こる惨状を計算したリャナは、叩きつけると派手に爆発する砲丸”どんぱち玉”を握りしめ、走り回るバイコーンに向けて大きく振りかぶったのだった。