小説
後日談・間が悪かった者達───”その気持ちに他意はなく・1”
 魔術師がリーファしかいないこのラッフレナンド城において、カールの立ち位置は少々特殊だ。

 まず、王とリーファしか立ち入る事が許されない、1階北の通称”魔術研究室”に唯一入る事が許されている。
 フェミプス語は頭に入っているが護身程度の魔術しか覚えておらず、技量はリーファよりもずっと劣っている身であっても、だ。

 現在、上等兵としての職務は三割減らされ、代わりに魔力剣の指導と魔術研究が課されている。全てはラッフレナンド城の発展の為だ。

 だが、指導はともかく研究の方はカール独りで決定は出来ず、結局はリーファを頼る他ない。

 要は、暇な時間が増えているのだ。
 色んなものに考えを馳せてしまうのは当然と言えた。

 ◇◇◇

 リーファがエルヴァイテルトの姉弟子の下へ出掛けた事の仔細は、弟弟子としてカールも一応報告を受けていた。

 バイコーンと人間のハーフの少年の生い立ち。
 姉弟子にかかっていた不公平な契約魔術と呪い。
 そしてエルヴァイテルトの魔術師達との交戦。

 カールにとってなかなか興味深い話ばかりだったが、同時に自分には荷が重い案件だったとも思わされた。
 当初の理由とは外れてしまったが、リーファに任せたのはある意味正解だったと言えた───が。
 それでもなお、カールはある一点においてこう言わざるを得なかった。

「オレが行けば良かった…!!」

 と。

 姉弟子の問題に際し、ターフェアイトが残留思念として現れたという。
 死して尚、弟子の問題を解決してやりたいというその想いは、心情を曲げてもカールにネックレスを託してくれた心遣いを思い起こさせた。尊大ではあったが、心根は優しい師匠だ。

 カールは、ターフェアイトにまだ教えてもらいたい事が山とあった。
 魔術の使い方と起源。術具の用途と応用。そして何より、師が歩んだ魔術の道。

 リーファに問う事は可能だが、それは当事者の言葉ではない。
 生の言葉というのは、時として代えがたい価値があるものだ。

 故に、考えてしまったのだ。

(まだあるのではないか?
 ターフェアイト師の残留思念というものが、あの部屋のどこかに)

 と。

 ◇◇◇

 二部屋ある魔術研究室に入る為の合鍵で、右側の扉を開く。
 かつてターフェアイトの居室と呼ばれた研究室は、打ち合わせや実験に使われる部屋だ。

 部屋全体に、内外からの音と衝撃を抑える紋が施されており、耐久に優れている。術具によっては広範囲に被害が及ぶ物もあるらしく、不慮の事故で城に被害をまき散らさない為の措置だという。

 部屋の東側の壁に沿って、様々な薬剤が入った戸棚と、魔術書や巻物が並んだ本棚が設置されている。

 中央には、打ち合わせ用のスクエアテーブルとソファが二脚。窓際には、引き出し付き机と茶革の肘掛け付き回転椅子があり、細かい書類はこの引き出しにしまわれている。

 西側は作業台が揃っており、鍋や薬研などが置かれたテーブルがあるが、まだ使う機会がない。

(ああ、この魔術の片鱗に触れる感覚───いい…!)

 魔術というものに心惹かれる者であれば、部屋に入った瞬間から心が躍る、そんな空間だ。

 もうちょっとこの感覚に浸りたいが、時間は有限だ。カールは周囲を見回し、どこから探すべきかと考えた。

 リーファによれば、残留思念というものは魂の欠片なのだという。
 主に呪術を付与した物品に取りついている事が多く、古い魔術師は盗難防止の為に貴重な物に呪いを付与したとか。

 呪いや魂というと物騒な言い方だが、考え方は女子が好む”まじない”と変わらないらしい。強い想いが物に残る事を、呪いと言い換えているだけ、という話だ。

(貴重…というと、やはり魔術書か?)

 紫色の双眸は、手近にあった本棚に目を留める。

 リーファによって本は全て分類されており、教本、設計図、魔術書が棚ごとに並べられている。小説の類はリーファの側女の部屋へ、それ以外の資料は公文書館へ収蔵された為ここにはない。

 気になったのは、本棚の右側だ。まるで本を隠すように、”呪本、触れるべからず”と書かれた紙がぶら下げられている。リーファからも『触らないで下さいね』と念を押されている場所だ。

 さすがに何が起こるか分からない呪本に手を出すつもりはないが、興味は湧くものでつい紙をめくってしまう。

(前見た時よりも本の数が少ないな………解呪、とやらをしてるのか…)

 暇を見つけては本棚を覗き込んでいた為、何となく本の並びは理解していた。

 リーファは解呪の専門家だ。本についた呪いを順に解いて、使えそうな物は左側の本棚に移し替えているのだろう。

(本を触るのは危険だ。だが…)

 ここにある本が全て呪われているというのならば、誰のものか分からない残留思念がここに集められているという事になる。
 ターフェアイトの残留思念も、眠っているかもしれないのだ。

 心が、疼いた。

『声をかけたくても、気持ちが竦むんだ』

 同期のエルメルが、気になるメイドがいるのに声をかける勇気がなくて煩悶していた事を思い出す。

 あの時カールは、『さっさと話しかければいいだろう。オレならそうする』と言い切ってみせたのに、いざ自分の番となるとこの体たらくだ。これでは、もうエルメルを馬鹿に出来ない。

(でも、オレは)

 届くのか、分からないけれど。

(出来る事は、したい)

 応えてくれるのか、分からないけれど。