小説
叱って煽って、宥めて褒めて
 食堂の個室でたまたま空いていた”アウルムの間”は、最大十二人の会食を想定している個室だ。

 深緋色の光沢が美しい木のテーブルに、黄色い花の刺繍が施された白のテーブルクロスが広がっている。名前は忘れてしまったが、”富”や”幸福”という意味の花言葉の植物だとシェリーは教えてくれた。恐らく、個室の名前に合わせて作らせたのだろう。

 テーブルの隅に教材を置いて、リーファとアランはテーブルの中央付近に向かい合わせで腰掛けた。十二人用の部屋を二人で使うのだ。広間に人が埋まって行くと、何だか後ろめたい。

 アランの昼食は、仔牛のステーキとポテトフライとバケット。飲み物は紅茶を選んだようだ。午前中は引見で喋り倒して食欲が湧いたようで、重めの食事を選んだようだ。

 対してリーファは、白身魚のムニエルとポテトサラダとロールパン。飲み物はパッションフラワーのハーブティーにしてみた。ハーブティーはリラックス効果があるらしく、凝り固まった頭を解すのに良いのではと考えたのだ。

「全く…困った老人だ」

 仔牛のステーキをあまり音を立てずにナイフで切り分けながら、アランは悩ましげに唸り声を上げた。
 リーファとしては、ゲルルフのお小言に関する話をする必要は感じなかったのだが、アランに追及された以上話すしかない。

「私にも、悪い所はあるんです。
 今日予定していた内容の二割は、教える事が出来ませんでしたし…」
「それは違う。
 私はゲルルフに『ラッフレナンドに不利益をもたらす内容を見極め指導しろ』と言ってある。
 にも関わらず、ゲルルフは講義の仕方に文句をつけたのだろう?自身に与えられた任を逸脱している」

 優雅な手つきでステーキを口に放り込みつつ、アランは忌々しげにぼやいた。

「『どうしても』というから許可してやったと言うに、我が民草をいびるのが目的とは恐れ入る。どうしてくれようか…」

 リーファはフォークを使って、白身魚のムニエルを頬張る。臭みもなく、バターの風味が白身魚とよく合っていて美味しい。

「民草、と思ってないのかもしれないですよ?
 ほら、私は生まれも育ちもアレですし」
「この城に居座り、城の不備を正し管理している女が我が国民でないと?は、笑わせる。
 そも、国民であると定めるのはゲルルフではない。私だ」

 アランはバケットを小さくちぎり、ステーキのソースをつけて食べている。

「各国の情報収集はゲルルフの部下達が担い、ゲルルフはその取りまとめを行うだけだ。
 歳も歳だ。早く後続に譲って欲しいのだが…」
「まだまだお若い方に譲るつもりはなさそうですけどね。
 あの位の年齢の方は、仕事を辞めてしまうと急に老けてしまいますから、ここで日々の活力を得ているんでしょう」
「ここは年寄りの保養所ではないのだがな…」

 アランがやや乱暴に、ガーリックのポテトフライにフォークを突き立てる。
 リーファも、ポテトサラダの器を手に取った。

「私の事は気にしないで下さい。アラン様にお話しして、ちょっと元気が出ましたし。
 兵士さんに教える内容だって、そう多くはありません。
 教える事がなくなれば、デルプフェルト様との接点もなくなりますから」
「護身用魔術の講習依頼が来ていると聞いたが?」
「そこはカールさんを主体に、私は補助で行こうと思っています。
 私は…その、”集中力”が高いので、あんまり魔術で失敗した事がなくて。
 師匠の手ほどきを最近まで受けていたカールさんなら、調整の仕方とか、失敗した時の対処法とか、根気よく付き合って下さると思うんですよね」
「…ふむ。素質があり過ぎるのも問題か」

 得心が行ったようで、アランが感嘆の声を上げた。

 魔術の素質の一つである”集中力”の高さは、高ければ高いほど魔術の微調整がしやすくなる。必要な魔力量、必要な詠唱単語、発動にかかる時間を、ある程度勘で捉える事が可能になるのだ。

 料理にたとえるならば、完成した料理を知っていれば、材料と分量と調理方法と時間配分を理解出来てしまう、という事でもある。
 さすがに最初は失敗する事もあるが、二、三回練習すればコツは掴めてしまうのだ。

 自分の手に余る魔術は使う前から分かってしまうから、『やってみなければ分からない』という考え方も起こらない。
 ターフェアイトからは『諦めが早すぎる』とよく叱られたものだが、リーファよりも”集中力”が高いターフェアイトの方がより理解は出来ていただろう。

 何にしても、リーファには『失敗させないように指導する方法』というものがよく分からないのだ。
 感覚だけで魔術を扱えるリーファにとって、『魔術を成功させるコツはあるんですか?』という質問には答えられない。何で皆失敗してしまうのか、よく分からないからだ。

「私よりも高い”集中力”を持つ師匠が、幾人もの弟子を抱えていたそうですから、教授の経験を重ねて行けば、教えるコツみたいなものを覚える事は出来るんでしょうけど…。
 兵士さん達を、実験に付き合わせる訳には行きませんからね」
「ふむ、物を教える自信がないと。ならば、付き合ってやるのも一興か」
「…え?」

 妙な事を言うアランに顔を向ける。

 彼は丁度、ステーキ皿についていたソースをバケットで綺麗に拭って、口に放り込んでいた所だった。
 マナー違反を気にする素振りすら見せずに嚥下したアランは、不敵な笑みをリーファに投げかけてくる。

「魔術で守られた城を統べる王が、魔術の何たるかも知らぬなど話にならんからな。
 王の在り方というものを、配下に知らしめる良い機会とも言えるだろう。
 ───リーファ。私を指導し、魔術を習得させてみせろ」