小説
叱って煽って、宥めて褒めて
 酷い会話に発展しているふたりを眺め、ターフェアイトのにやにやが止まらない。

「つっけんどんで愛想がないかと思えば、気に入ったヤツへの執着は強い。しつこい癖に、堪え性はない。
 なーんか似た者同士だねえ、あのふたり。同族嫌悪、ってヤツ?」
「…カールさんはそうかもしれないけど…陛下は、割とカールさんの事気に入ってるのよ?
 何だかびっくりする程正直らしくって、『黒いもやをまき散らしながらすり寄ってくる奴らよりもよっぽど良い』んだって。
 今だって、本当に嫌な相手だったら突き放してるわ」

 リーファがそう返すと、ターフェアイトは呆れと共に肩を竦めた。

「…歪んでるねえ」
「歪んじゃう程、陛下が嫌な思いをしてきたって事よ。………私には、ちょっと分かるわ」
「…視野が狭いんだよ、あんたも王サマもさ。
 世界を巡れば、あんた達みたいなヤツなんてゴロゴロいる。それこそ、グリムリーパーと人間のハーフだっているだろう。
 リヤンのとこに行った時に、もうちょい町とか見て回りゃあ良かっただろうに、あんたときたら…」
「はいはい。優しい師匠の心遣いに気付けなくてすみませんね。
 そんな事より、どんな魔術を披露したらいいかご教授頂けます?」

 話を切り替えられ、ターフェアイトは不満そうに頬を膨らませている。
 師から見れば、やる気があるかも疑わしいアランの魔術指導よりは、弟子であるリーファの性格改善の方が優先順位は上なのかもしれない。

(…本当に、分かってはいるんだから)

 残留思念と声を介さずに会話をする場合、接していなければ伝わらない。
 そして具現化した状態のターフェアイトは、『接してないとあんたの心の中は読めない』と言っているから、こうしている距離を置いている時はリーファの心中は届いていないはずだ。
 でも。

(何となく師匠には、私の気持ち、届いてるような気がするのよね…)

 信頼というべきか、贔屓目というべきか。弟子故に、『師匠であればお見通しだ』と過度な期待を寄せてしまうのかもしれなかった。

 しばらくふくれっ面だったターフェアイトだが、やがて諦めて溜息を吐き、今回の問題を淡々と分析した。

「王サマの素質は、魔力の総量は多く、道の数と集中力は並と、魔術師としては十分な素質だ。
 規模の大きい魔術も使いこなせるだろうが、得手の属性は暴走しやすい雷。
 魔術の披露は本城でやるんだろう?屋外でやるにしても、雷は向いてるとは言えないねえ」

 アランの素質は事前に調べてあり、得手の披露は避けるべきだ、という意見も一致している。

「…多少不得手でも、他の属性魔術の方が良いって事よね?
 でもそうすると選択の幅が広がり過ぎて…。
 それに、王に相応しい…王に相応しい攻撃魔術って、なんだろう…?」
「『攻撃魔術』なんて言ったのかい?王サマは」

 思わぬところを指摘され、リーファは顔を上げた。
 確かに、攻撃系の魔術とは言っていなかったかもしれないが。

「…でも」
「そもそも魔術なんてここいらの連中は見る機会がないんだ。多少派手なら何でもいいだろうさ。
 複数人をまとめて治癒する魔術だって、派手っちゃ派手だ。
 そこら辺に植物の種蒔いて、魔術で一斉に発芽させたって驚くだろうよ」

 治癒の魔術と言われて、ターフェアイトが城に初めて来た時の事を思い出す。
 あの時は城に蓄えられていた魔力を使い、自分で怪我をさせた人達や破損した建物をまとめて元に戻してみせた。

 物体を燃やす、壊す、刻むような魔術ばかりを考えていたリーファだったが、広範囲に効果がある攻撃性のない魔術も、十分候補に含める事は出来る。

「そ、そっか…。
 デルプフェルト様は色んな国へ出掛けられてるから、効果が分かりやすい攻撃魔術の方がいいかなって思ったけど…最近は国外に出てないみたいだし、そこまでこだわらなくていいんだ。
 治癒や回復は、いざって時に覚えてて欲しいのよね。
 あと…攻撃性がないっていうと………幻術、とか…?」

 幻術とは、イメージを可視化して動かす魔術だ。
 あくまでイメージだから物や人を傷付ける事は出来ないが、驚かせたり目くらましに利用出来る。
 イメージするものの規模によっては可視化や制御が難しくなるが、制御が完璧な幻術は実体と見紛う程の迫力があるという。

 具体的な案がリーファから出て来て、ターフェアイトが艶やかに笑った。

「おお、いいねえ。幻術は魔術の華だ。
 アタシも城にいた頃は、パーティーの余興で踊り子二十人の幻術とか作らされたっけ。
 あれを一人で作るとなるとそこそこ骨が折れるが、あんた達も手伝えるなら、管弦楽団や歌劇の幻術なんかも───ん?」

 リーファにとってはあまり馴染みがない幻術の話に首を傾げながら聞いていたら、ターフェアイトが急に口を噤んでしまう。

「どうしたの?」

 怪訝な顔をしてターフェアイトを覗き込むと、彼女は腕を組み背筋を正してぼんやり正面を眺めていた。
 一見、魔力剣の練習を忘れていがみ合っているアラン達を見ているようだが───

(…あ。これ魔術の構想練ってる)

 かつて見たターフェアイトの癖だった。死んで尚、この癖は直らないらしい。
 こういう時に話しかけると、彼女の邪魔になってしまう。リーファは音を立てずに膝の上の本を閉じ、只々ターフェアイトの言葉を待った。

 どれだけ待ったか。何故かアランが「ならば、大浴場で互いの体を見せ合おうではないか!」とカールに話を持ちかけた頃、ターフェアイトが嫣然と口の端を吊り上げこちらに目を向けた。

「一つあるよ。王サマに相応しい、一人で出来て派手で皆が驚くようなヤツがさ」

 何故かカールが「ああいいでしょうとも、吠え面かかせてやりますよ!」と応じているのを聞き流しつつ、リーファもまた頼りになる師匠に笑い返した。