小説
叱って煽って、宥めて褒めて
 昼の訓練も騒々しいが、夜の訓練も別の意味で慌ただしくはある。

 ───コンコン。

 湯浴みを済ませ時間を潰しながらその時を待っていたリーファの耳に、いつものノック音が聞こえてきた。

「あ、はい」
「入るぞ」

 扉の先から短く声をかけ、アランが側女の部屋へと入ってきた。どうやら今日の仕事は全て終えてきたようだ。

「…取っ散らかっているな」

 アランは側女の部屋をざっと眺め、怪訝に眉根を寄せた。

 ガラスのテーブルには、赤ワインのボトルとワイングラスが二個、魔術関連の本や巻物を幾つか置いていた。普段は部屋に持ち込む事はないから、それを気にしたらしい。 

 体を温める為に飲んだ赤ワインで、思ったよりも酔いが回ったようだ。頬に赤みがさしたリーファは、気の緩みを恥じて主に頭を下げた。

「す、すみません。夜出来る訓練が他にないものかと調べてたら、こんなになってしまって…」
「毎晩私を蕩かし喘がせ翻弄しておいて、更に秘戯を模索していると?
 ふふ、研究熱心だな。また上等兵に揶揄われてしまう」
「も、もう。そういうのじゃなくてですね…!」
「ああ、分かっている。
 私を想って考えているのだろう?大いに励んでくれ」

 そう言ってアランは満足そうにリーファを抱き寄せ、ワインの風味香る唇に軽くキスを落とした。

(…やだ、もう…はしたない…)

 唇に残るキスの感触と、ワインの残り香を味わうように舌なめずりするアランを見て、変に興奮してしまう。リーファは昂る感情を自制するよう努めつつ、アランに問いかけた。

「が、頑張ります…。
 …これから湯浴みですよね?では、私もお手伝いに…」
「いや、いい。今日は上等兵と裸の付き合いをする約束をしてしまったからな。
 お前はここで調べものを続けていろ」

 どことなく上機嫌なアランを見て、リーファは昼の訓練の事を思い出す。
 詳しくは聞いていなかったが、どうやら『どちらがリーファをより悦ばせられる体か競いたい』らしく、大浴場で体の見せ合いを提案していたようだ。

(より悦ばせられるかなんて、見ただけで分かるのかな…?)

 リーファが抱かれてみないと分からないような気がしたが、恐らく勝敗を決めたい訳ではないのだろう。親睦を深めるのが目的か。

「分かりました。…あの、あんまりカールさんを苛めないであげて下さいね?」
「ふふん、心外だな。お前には苛めているように見えるか。
 大体、城下でも浴場で友人達と親交を深めるものだろう?」

 意地悪く嗤って見せるあたり、アランも分かってやっているようだ。

(困った事にならないといいけど…)

 カールがアランを快く思っていない理由までは分からないが、アランはこんな調子だし、リーファとしてはせめて関係が悪化する事態だけは避けたい。
 リーファは悩ましげに唸って考え込んだ。実家に浴室があるのでそう頻繁ではなかったが、城下の浴場へ友人と足を運んだ事くらいはある。

「うーん………そう、ですねえ…。
 湯上がりに友達と一緒に飲むレモネードは格別でしたけど…」

 少ない経験談を何とか掘り起こすと、アランは朗らかに微笑んだ。

「ああ、それはいいな。
 ならば、お前は我々の湯上がりに合わせてレモネードを脱衣所に持ち込むように」
「分かりました。姿見の側のテーブルへ乗せておきますね」
「任せたぞ」

 そう話を切り上げるものだから大浴場に向かうのかと思ったが、アランはそうはしなかった。リーファを軽々と抱き上げ、ソファへと歩いて行く。

 されるがまま、ソファに座るアランの膝の上に座らされてしまい、リーファは困惑した。

「え?あの、アラン様?」
「上等兵と待ち合わせている時刻まで、まだ時間があってな。
 少しばかりなら、訓練に付き合ってやらんでもない」

 どうやら拒否権は無いらしく、アランはリーファが羽織っていたショールを脱がせ、空色のネグリジェのボタンを外して行く。

(時間をかけてやる訓練なのに…)

 唇を尖らせて不満顔を作るが、リーファは溜息一つで諦め、アランの上着とワイシャツのボタンを外していった。

「付き合うのは私なんですけど…。ちょっとだけですからね?」
「ああ」

 ねだるように見つめてくるアランに苦笑を返し、リーファはその唇にキスをした。

 ゆっくりと舌を絡め、アランの魔力を受け入れる支度をする。同時に、はだけたアランの胸元に手を差し入れた。
 口内を貪りながらアランの素肌に指を這わせ、指先に精神を集中させた。自身の魔力を、指からアランの肌へ伝わせていく。

「…ん、ふ…ぅ」

 リーファの魔力が体に入り込んできて、アランが艶っぽく声を上げた。荒く吐息を零し、辛そうに顔を歪め始めた。

 一度唇を離し、アランに訊ねる。

「…魔力が流れていく感じ…分かります…?」
「体の…内側に、何かが…鈍く蠢く………。だから、何だという感じだがな…」

 ソファに膝を立ててアランと向かい合わせになったリーファは、どこか惚けたアランの頬を撫でて笑った。

「最初は、そういうものらしいですよ。
 慣れてくると体液を媒介にしなくても、肌に触れるだけで魔力を流せるようになります。
 こんな風に───」

 アランの首の後ろに手を回し、リーファは魔力を流し込む力を強めた。
 ワイシャツを脱がしながら背中を愛撫すると、アランが身を震わせて熱い吐息を零した。

「あ、ああ、ゾワゾワ、する。すごく、すごく、いい…!
 もっと………もっとだ…!」

 伽をする時だってこんなにねだる事はそうそうない。アランは興奮に瞳を潤ませ、リーファの背中に指を這わせてきた。催促するようにリーファを掻き抱く。