小説
叱って煽って、宥めて褒めて
(こんなに悦んでもらえるなんて…)

 熱っぽく喘ぐアランを、リーファは感慨深い思いで見下ろしてしまう。

 他者に魔力を過剰に送るこの技術は、送られた側にとっては体の内側をかき乱されるような感覚がある。これを快と思うか不快と思うかは個人差があり、リーファはあまり好きじゃない。

 しかしアランにとっては『今までに感じた事のない快楽』らしく、訓練を始めてからは毎晩ねだられるようになってしまった。

(乗り気なのはありがたいんだけど…なんか目的と手段がひっくり返ってるような気が…)

 複雑な気持ちを振り払い、恍惚に打ち震えているアランの目の前で舌を出した。

「…さあ、体の内に余分なものが入り込んで辛いでしょう?
 私に、アラン様のものを下さいな」

 艶めかしく舌を動かすと、アランは物欲しそうに喉を鳴らし、リーファの唇にキスをした。

 絡みつく舌を介して、リーファにアランの魔力が送られてくる。かなりゆっくりで量も微々たるものだが、これでも最初の頃に比べれば随分上達した方だ。

(早く、抱いてもらいたい…)

 アランのがむしゃらな愛撫に、リーファの体が熱くなっていく。
 アランから注がれるわずかな異物感は、恐らくは全ての生き物が持つだろう性的欲求によって容易く押し流されていく。酔っているからか、魔力が減っている飢餓感からか、さっきから体が疼いて仕方がない。

(………我慢、我慢………)

 夜は長いのだ。こんな時間から張り切っていたら身が持たない。

 慣れていない赤ワインを飲んだ事を後悔しつつ、リーファはちょっとだけ成長したアランの額にキスをした。

「…お上手ですね。それに、すごく可愛いですよ。アラン様…」
「からかう、な…っ、………ぬわっ!?」

 文句を言おうとしたアランの耳の穴に、リーファは指を突っ込んだ。耳の入り口を、爪を立てないように指の腹で触れながら魔力を送る。

「ぐ、う…あ、あはぁ………!」

 もはやまともに喋る事もままならない。アランは懇願するようにリーファの控えめな胸に顔を埋め、押し寄せてくる魔力と快感に身を委ねている。アランが手に力を籠めるものだから、リーファのネグリジェはすっかりぐちゃぐちゃだ。

「湯浴みから帰ってきたら、アラン様が一番気持ち良くなる所、探しましょうね…。
 そういう所が、魔力を通しやすいんですから…」
「い、ま………今、が………いい…!」
「駄目ですよ。これからカールさんと、仲良くなりに行くんでしょう?
 私がやきもちを焼いてしまうくらい、カールさんと仲良くなってきて下さい。
 そうしたら、私───」

 ───ゴンッ、ゴンッ。

 乱暴───と言うよりは叩く加減を間違えてしまったかのようなノック音に、リーファは我に返った。
 扉の先にいる相手がヘルムートやシェリーであれば、こんなにぶっきらぼうなノックはしないだろう。

 睦言も愛撫も訓練も全て止め、慌てて声を上げた。

「あ、は、はい!」
「そ、側女、殿っ………そっ、そこに、王は、おられる、だろうか。
 いや、いるのは、分かっているのだが………っ」

 声音からカールなのはすぐに分かった。しかし、しどろもどろとしている様子が扉越しにもよく伝わってきた。

(今までの会話、聞かれてたーーーっ!?)

 リーファは一気に恥ずかしくなって、顔を真っ赤にした。

 以前から、兵士達に部屋での声が聞かれていた事は知っていた。しかし、皆その話を口にする事はなかったから、リーファも気にしないように努めていたのだが。
 こうあからさまに反応されてしまうと、さすがに心穏やかにはいられない。

「と、と、と、取り込み、中、ならば、次の機会に───」
「いっ、今大浴場に行かせますからっ!どうぞカールさんは先に行ってて下さいっ!」

 カールの言葉を遮って、リーファは上ずった声を張り上げた。
 そしてカールの返事を待たずに、俯いて大人しくしていたアランに向き直る。

「ほ、ほらアラン様。カールさんが来ましたよ?
 訓練は後にして、早くカールさんの所に───」
「まだ、だっ…!」
「えっ?!」

 アランはソファから降りようとしていたリーファの腕を掴み、自分の方へと引き寄せた。腕の中に抱き寄せ、瞳にうっすらと涙すら溜めてリーファに乞いだした。

「なんでも、するっ………土下座でも…靴舐めでも、する………からっ。
 早く………早く、続きをぉ………っ!!」

 疼いていた体が急に冷え、ざわっと鳥肌が立った。

(魔力が、いつもより体外に出て行ってない…!?)

 昨日とは違う状況に、リーファは困惑した。

 この訓練は、扱い慣れていないアランの魔力を、リーファの魔力で無理矢理押し出す方法を取っている。
 魔力剣の訓練と考え方は同じだが、魔力を通しやすい剣や発動体を持っていない為、自力で魔力を体外へ押し出さねばならず、身体的な負荷は大きい。
 ただ、そうした負荷に気付けば、出しやすい場所から魔力を流すように体は出来ているのだ。
 運動をすれば汗が噴き出るのと同じ理屈で、その場所を探り、流すコツを学ぶ為の訓練だった。

 しかし、魔力が満たされる状態に味を占めたアランは、あろうことか意図的に魔力の流出を抑えているらしい。

「出て行こうとする魔力を無理矢理抱え込むとか、そんな事教えてませんよ!?
 っていうか、土下座とかしてもらいたいだなんて、一度も言った事ないんですけど?!
 そういう事するなら、無理矢理にでも魔力は返してもらいますからね!!」

 変な事を覚えてしまったアランに腹を立て、リーファは彼のズボンのベルトを外し始めた。

「ひっ………い、いやだ…っ、やめろぉ…!!」

 これから何をされるか理解してしまったのだろう。
 暴漢に襲われている女の子のような悲鳴を上げて、アランはお冠なリーファが為す事を力なく見下ろしていた。