小説
叱って煽って、宥めて褒めて
「美術的価値の研究は済んでいるが、魔術的見地で有用な物が含まれているやもしれん。
 好きに開き、触れ、選ぶと良い。分からない事があれば聞け」

 アランにあっさりと恐ろしい事を言われてしまい、リーファは鳥肌が立った。

 まだ見ていないが、ここにある物はどれも最高級品ばかりなはずだ。
 廃れてしまった技術、名工名匠の遺作、素材だけでも値段がつけられないような物品が眠っているのだろう。

 それを、取り扱いすら知らない素人達に『好きに選べ』とか。
 うっかり壊してしまう可能性を考えたら、リーファの手が一気に汗をかき始めた。

「い、いやあのっ。いきなりそんな事を言われても…っ。
 何かの拍子に壊してしまったらどうするんですかっ?」
「そんな事を言っている余裕はあるのか?
 私が許すと言っているのだから、お前たちは片っ端から調べればいい」

 アランはクッション付きの木製椅子に腰をかけ、優雅に足を組んだ。机に肘を立て、気だるげに続ける。

「それに、お前は以前”乙女”を修復してみせたではないか。
 何かが駄目になっても同じように直せばいい」

 リーファは記憶の片隅から、”死の道を舞う乙女”という絵画の修復をした事を思い出す。
 確かに物品を壊してしまっても、あの方法で元に戻せるかもしれないが。

「側女殿。修復とは?」

 カールに問いかけられ、リーファは彼に顔を向ける。しかし彼は、質問の答えを聞く前に目を逸らしてしまった。

 素っ気ないカールの首にぶら下がっているネックレスを見る。ほんの一瞬、アメジストの輝きに白い光が混じって見える。
 指導の方向性が大体決まった為、ターフェアイトの残留思念はカールのネックレスに戻していた。言い換えれば、カールならターフェアイトの助力を得られるという事だ。

(師匠なら、物の修復魔術とかも知ってるのかな…)

 リーファは回復魔術を父から教わった為、ターフェアイトからは教わっていない。
 しかし古い物を多く溜め込んでいたターフェアイトの場合、もっと効率の良い魔術を知っているかもしれない。

「…え、ええっと。回復の魔術は物体にも作用するんです。
 あまりやり過ぎると、劣化を早めてしまうらしいんですけど…。
 あと、魔力が籠った物は修復が難しくて、回復魔術では対応しきれなくて…」
「もし上手く直せなかった場合、リーファには罰として正妃の座をくれてやろう」
「!?」

 横からしれっと足された処罰内容に、リーファの顔が引きつった。
 アランを見下ろすと、とても朗らかな笑顔をリーファに向けている。

「ま、またそんな事を言って…!こんな時に揶揄わないで下さいっ」
「罰があった方が頑張り甲斐があるだろう?
 上等兵は…そうだな。少々軽いが、これからは私が親しげに”カール君”と呼んでやるとしよう。
 君も、私の事は”アラン様”と呼ぶように」
「──────」

 アランの気まぐれが飛び火してしまい、カールの顔色が見る見るうちに悪くなっていく。
 アランの名前呼びは、極少数の者達しか認められていない。どうやらアランは、その中にカールを含めたいらしい。

(ヘルムート様が怒りそう…)

 リーファの脳裏に、ヘルムートが激昂している光景が過る。何となくだが、全力でカールの名前呼びを止めそうな気がした。

 ふたりの表情が渋くなったのを見て、アランは愉しそうに頷いた。

「うむ、少しはやる気が出たようで何よりだ。では、励むと良い」

 それが開始の合図となったのか、カールはアランに背中を向け、ふらっと西の方へと歩いて行ってしまう。

 一瞬迷ったリーファだったが、何もしないのも躊躇われ、慌ててカールを追いかけた。

「か、カールさん………なんか、ごめんなさい…」

 変な形で巻き込んでしまったような気がして、リーファは申し訳ない気持ちでカールの背中に声をかける。
 カールは側にあったキャビネットの縁に手をかけ、こちらを見ずに言葉を返した。

「…もし壊してしまったら、修理せずにオレを呼んでくれ。
 問題…ない。師匠の前で、恥は掻けない…!」

 真剣な眼差しに安堵を覚えた。強固な目標を感じさせる決意表明だった。師匠が側にいるし、何とかなるかもしれない、とも思った。

 でも。

「…師匠に………久しぶりに、師匠に、慰めてもらえる………?
 ああ………なんて………なんて…甘美な………!」

 どうやらカールがしくじった場合、ターフェアイトが慰めてくれるらしい。
 既にリーファは見えていないのだろう。カールは頬を紅くして、恍惚と妄想に耽り始めてしまった。

(………………なんか、駄目そう)

 リーファは肩を落とし、自分で何とかしようと心に決めたのだった。