小説
叱って煽って、宥めて褒めて
 居る事にすっかり馴染んでしまったラッフレナンド城であっても、リーファが行く機会が殆どない場所は存在する。
 本城1階の役所のフロア、2階の役人達の休憩所、官僚達の個室、書類の保管庫などは、行く理由がないから立ち寄らない場所である。
 だがそれらの場所は、用事さえあれば行く事はあるのだ。

 税金の支払いが必要ならば役所のフロアへ行くし、アランに書類の持ち込みを命令されれば官僚の個室へも届けに行く。
 行けば『何でこちらに側女殿が?』と不思議な顔をされるが、事情を説明すれば納得はしてもらえるのだ。

 だが、さすがにこの部屋だけは行った事がなく、入室を許可された事もない。
 ここだけは魔術システムの介入が許されなかった為、中がどうなっているのかも分からない。
 そもそも、行きたいとも思わなかったのだが。

 本城2階真北にある宝物庫。その扉の前に、リーファは立っていた。

 ───披露する魔術が決定したのは良かったが、規模を大きくするにあたって発動体を複数用意する必要があった。
 発動体を一から組み立てるのは手間な為、魔力を通しやすい既製品を改良する形が望ましい。
 何とか用立て出来ないものかとアランに相談した所、連れて来られたのがここだったのだ。

「オレは反対です。王家が代々引き継いできた国の宝を、こんな余興の小道具に使うなど」

 カールは、視界の先に立っているアランにそう文句をつけている。
 気持ちだけなら、リーファも同意見であったが。

「先はどうあれ、今は王である私の所有物だ。どうしようと私の勝手だろう?」
「………………」

 アランの反論に、カールは閉口し苦々しく舌打ちした。

 扉の前には衛兵が二人立っており、カールが毒づく様に苦笑いを浮かべていた。アランに対する不愛想な態度を見てこの反応なのだから、恐らく普段からこんな感じなのだろう。

 アランは傲慢な面持ちで顎を上げ、何かを期待するようにカールに問いかけた。

「それに、だ。国の宝物庫を見る機会など、一庶民、一兵士にそうそうあるものではない。
 一生に一度もあるかどうか。…そんな好機を逃すかね?カール上等兵」

 名前で呼ばれてしまい、カールの口元が歪に引きつった。
 犬歯をむき出しにして、嫌がっているようにも節度を求めているようにも聞き取れる拒絶を吐き出す。

「一介の兵であるオレの名前を軽々しく呼ばないで頂きたい…!」
「おお、怖い怖い」

 ひとしきりカールを揶揄ったアランは、満足そうに背中を向けた。上着のポケットに入れていた白銀の鍵で、宝物庫の錠を開ける。

 ギイィィ───

 蝶番を軋ませ扉が開いていくと、宝物庫の中は闇に包まれていた。どうやら窓がないらしい。幾つかの棚があるように見えるが、先が全く見通せない。

「リーファ、灯りをつけてくれ」
「あ、はい。───”灯れ”」

 部屋のおおよその広さを考え、リーファは握り拳大の魔力の光を三つ、両手の中に生み出した。手を掲げ、それを部屋の東側、中央、西側の天井に飛ばす。

「は、早…っ」

 リーファの魔術発動の早さに、衛兵の一人が感心し、カールが感嘆の吐息を零す。最近兵士達の魔術の基礎学習が始まった為、リーファの実力を肌で感じ取れるようになっているようだ。

「…ああ、やはり魔術の光は見やすくていいな。ふふ」

 どこか誇らしげに笑い部屋へと入って行くアランを追って、リーファも衛兵達に頭を下げて灯りが降り注ぐ宝物庫へと入室する。

「ここが、宝物庫…」

 リーファは、その光景に息を呑んだ。

 宝物庫は奥行きは執務室と同じ位だが、横方向に広く出来ているようだ。四方の壁全面に、木製のキャビネットがずらりと置かれている。
 キャビネットの規格は統一してあるようで、上段と中段は幅広く細長い物、下段は背が高い物を入れているようだ。中に何が入っているかは、その姿からは想像出来ない。

 部屋の中央は北側南側にそれぞれ一列ずつ木製の棚が設けられており、そちらは鎧や兜などのかさばる物が置かれている。転倒しないよう、金属製の支えで固定されていたりクッションが敷かれているが、どことなく雑多な印象を受けた。

 扉を入って左側には引き出し付きの机と椅子が、右側には作業台と思しきテーブルがあった。恐らく管理者は、ここで手入れや管理をするのだろう。

「これは…宝物庫、というよりは、保管室…と言うべきか」

 後から入ってきたカールが宝物庫を見回し、リーファの心中と同じ感想を口にする。

「公開する時は然るべき場所へ移動させるからな。ここで華美に飾る必要はないのだ。
 物品の劣化を防ぐ為にも、防犯の為にも、人の目に触れぬ方が良い」
「なるほど…」

 感心していると、衛兵達によって宝物庫の扉が閉じられた。やはり防犯上必要なのだろう。