小説
叱って煽って、宥めて褒めて
「私は、二ヶ月でここまで頑張ったアラン様の才能に驚きますよ。
 私が勉強してた二ヶ月目なんて…」
「上等兵と違って、私はおだてても何も出ないぞ」

 おだてたつもりは無かったのだが、アランは不貞腐れてしまう。

 アランが披露しようとしている魔術は、リーファとカールも試しており、どちらも成功させていた。
 実物を見た事がなかったリーファが一番早く、十分程で満足の行く形に仕上げる事が出来た。
 遠征などでどういったものかを知っていたカールは当初安定しなかったものの、一日かけて何とか調整させたようだ。

(発動体へ移す魔力量も、詠唱にも問題は起きてない…。
 あとは気持ちの問題なんだけど、アラン様がこの有様じゃあ…)

 ミルクを足したコーヒーを飲みながら、リーファは状況を憂える。

 魔術にとって、”気持ち”という曖昧なものは重要だ。
 例えば、”木を燃やす火球”の魔術を使う場合、『この火球で木を燃やしたい』という希望や、『この火球で木を燃やしてみせる』という目標では、”木を燃やす火球”の威力にはならない。
 既に結果が頭になければいけないのだ。『この火球なら木が燃える』とイメージが出来上がっていないといけない。

 故に、成功体験を積み重ねる事でイメージが定まり、威力が安定するようになる訳だが。
 今のアランにはその成功体験が不足しており、期限が差し迫っている焦燥から諦めに考えが変化してしまっている。

 一応練習する時間は作っているが、これでは何度挑戦しても成功するはずがない。

(カールさんに色々言われても、改善されなかった。
 …まあ、慣れちゃった、って言うのが正しいのかな…)

 魔力剣の指導では一定の成果を上げていたカールの煽り文句だが、魔術の方にはいまいち効果がなかった。慣れてしまい、アランの反応が著しく鈍くなって行ったのだ。

 カールの語彙力も限界を迎え、『ああもう!馬鹿!アホ!』などといった短い罵倒しか出て来なくなってしまった為、これでは意味がない、と現在はアランとの距離を置いている。

(もう…もう、ないのかな?私に、出来る事は…)

 今日こうしてこの離れ小島に来たのも、『亡き我が子の墓碑の前なら頑張れるのではないか?』と考えての事だ。アランも察してくれたようで、ピクニックを兼ねて来たものの、やはり具合は思わしくない。

「…お前は、私に王であり続けて欲しいのだな。
 ここの優雅な生活は離れ難いか?」

 そこそこ長く考え込んでいたらしい。アランが空になった小皿をテーブルに戻しながら訊ねてきた。

 テーブルの中央に置かれたタルトタタンの皿から一切れ小皿に移し、リーファは事も無げに答える。

「私の城暮らしが気に入らないなら、実家から通いますけど?」
「言ってみただけだ。聞き流せ。
 …ああ全く。お前はどこまでもそういう女だな…」

 何となくどう返事をするのかは分かっていたようだ。アランは苦々しく舌打ちしつつ、小皿を受け取った。

(離れ難い…か)

 アランの事ばかりを考えていたが、ここでの暮らしが終わってしまうと思えば名残惜しいものはある。

 城で仕事をしている兵士、役人、召使、メイド、料理人、庭師。顔を合わせる機会があった王族や貴族。
 城下へ戻ったら、そういう人達と会う事は無くなってしまうだろう。

 役所フロアへ行く時があっても、それ以外の場所へは行けない。
 仮に魔術の雑貨屋を開いて城と取引が出来るようになっても、今の様に自由に動き回れる訳ではない。

 いつかはある事だと言っても、寂しくない訳ではない。

「…そうですね。離れ難いって言うか。
 ここを離れる前に、一度はやってみたいなって思ってた事はあるんですよね…」
「ふん?」

 ここから挽回するのは難しい。リーファもそう考えてしまうから、弱音というか、今際の際の憧憬のようなものをつい吐き出してしまう。

「私、庭園の東屋で女子会をやってみたいなって思ってて」

 リーファの述懐によって、どこか虚ろだったアランの面持ちに驚きが混じる。タルトタタンが刺さったフォークが、唇に届かずに小皿の上へ戻って行く。

 思ったよりも動揺しているアランを見て、リーファはクスクス笑った。

「思えば、一度も東屋でティーパーティーをした事がなかったなって。
 正妃様や側女の方々、御子様達と一緒にお茶をしながら、アラン様の色んな話が出来たらいいなって」

 アランの顔が緩やかに曇って行く。テーブルの上に置かれた手が静かに握り締められ、怯える様に震える。唇の間から覗かせた歯は、ギリ、と音を立てる。

 嘆くように、懇願するように、アランは言葉を絞り出した。

「………無理だ、それは」
「…そうですね。
 ………そうかも、しれません」

 肯定してしまうのは悲しいが、否定出来る程理解していない訳でもない。

 自身の才”嘘つき夢魔の目”に振り回され、今に至るまで正妃を迎えず側女も増やせずにいるのだ。
 リーファとも仲良くなれる女性を探すなど、殆ど不可能に近い。
 故に、夢見ずにはいられないのだが。

「………だが、ティーパーティー…か…。
 退位し城を出る前に、一度位はやっておくか…」

 アランの言葉と共に、労わりの思念が飛んできたような気がした。
 顔を上げると、どことなく気恥ずかしそうにアランが顔を逸らしていた。

 そのティーパーティーに、リーファが望んだ女性達はいないだろう。
 参加者がいたとしても、ヘルムートやシェリーくらいか。カールはターフェアイトにせっつかれてようやく顔を出すかもしれない。

 ティーパーティーというよりは送別会のようなものを想像してしまい、リーファの口元が緩んだ。

「…ありがとうございます。アラン様」

 タルトタタンを平らげて小皿を寄越してくるアランの姿は、照れを誤魔化そうとしているようにも見えた。

「…王としてお前にしてやれる事など、もう何も残ってないからな」
「そこまで消極的にならなくても………披露する時に手を抜かないで下さいね?」
「手を抜くも何も、ロクに発動もしないのだ。頑張ろうが頑張るまいが結果は変わらんだろう」
「そんな事ないですよ。
 アラン様が手を抜いているかどうかは、私分かるんですからね?
 さっきだって、最後から二番目にやったのは魔力量が中途半端でしたよ?」
「………ぬ、ぅ………」

 リーファに指摘され、アランは眉間にしわを寄せて唸り声を上げた。

 自身に広がる魔力の流れが分かるようになると、ある程度離れた場所にいる他者の魔力も知覚出来るようになる。相手がどんな魔術を使おうとしているか、大体分かるようになるのだ。

 魔術師王国時代はそこまで分かるようになるのが前提だったらしく、ターフェアイトは『魔術は不意打ちが基本、対峙したら後出しが強い』とよく言っていた。相手の手の内を理解してから、それよりも早く対応する事が求められていたのだろう。